4 娘帰る
家の玄関が開く音がした瞬間、母の瞳に涙が浮かんだ。そこには、何日も待ち続けた愛する娘が、警察官に伴われ、少し疲れた表情を浮かべて立っていた。しばらくの間、母と娘は互いに言葉もなく見つめ合い、空白だった時間がゆっくりと埋まっていくようだった。
母は震える声で呟いた。
「あなた、本当にあなたなのよね……信じられない……ずっと、ずっと待っていたのよ」
彼女の手は娘の肩に触れると、壊れものを扱うようにそっと撫でた。父も言葉を失い、ただ黙って娘を抱きしめる。
「おかえり。どこにも行かないでくれて、本当にありがとう……」
その言葉に重ねるように、父は娘の小さな背中をぎゅっと抱きしめた。温かい涙が頬を伝い、娘の肩に落ちるのを感じた。
娘は、少し控えめな声で話し始めた。
「お母さん、お父さん……私、怖くはなかったよ。でも……寂しかった。早く帰りたかった」
その言葉の端々に、ここ数日で感じた孤独と不安が滲んでいる。
母は娘の顔を見て、涙を拭いながら言った。
「もう大丈夫。ここがあなたの家よ。もう、どこにも行かせないから……」
彼女の声は柔らかくも、強い決意に満ちていた。父もその隣で頷き、優しい声で言った。
「辛かったな。でも、よく頑張った。お前が帰ってきてくれたのが、俺たちにとって一番の奇跡なんだ」
その言葉に、娘の表情が少しだけほころんだ。家族の温もりに触れ、ようやく帰ってきたことを実感しているのだろう。
「帰れて安心したよ。お母さんのごはんも、お父さんの話も、また聞きたかった……」
母はその言葉に微笑み、優しく言った。
「今日はあなたの好きなもの、何でも作るから。たくさん食べて、たくさん話をして……」
久しぶりに戻った家族の時間を取り戻そうとする母の声が、少し震えながらも温かさに満ちている。父も、彼女の言葉に続けた。
「何も心配いらない。これからは、俺たちが絶対に守る」
娘は頷き、深く息をついて、小さな笑みを浮かべた。
「うん、ありがとう。家に帰れて本当によかった」
その言葉に、母も父も再び目頭を熱くした。
話は遡る。
病院の待合室にひびく緊急のアナウンスが終わった途端、母はまるで自分の耳を疑うように固まった。看護師から伝えられた「お嬢さんの姿が病室から見当たらなくなったんです」という一言は、静かな院内に残酷な響きをもたらし、彼女の心に深い動揺を投げかけた。
「どういうことですか?」
震える声で母が問うと、看護師の表情もどこか曇っていた。
「目を離したわずかな間だったんです。ですが、すぐに全員で探していますから、どうか……」
その言葉はむなしく響き、説明を聞く母の目は絶望で潤んでいった。
父もすぐに席から立ち上がり、目に怒りと不安をにじませながら看護師に詰め寄った。
「病院の中は安全だと言っていたじゃないですか。こんな小さな子どもが、どこへ行けるって言うんだ!」
彼の声は震え、追い詰められた気持ちが露骨に表れていた。
母は目を閉じて深く息を吸い込み、わずかに自分を落ち着かせようとしたが、心臓は不安と恐怖で激しく鼓動を打っていた。
「うちの子は、そんなに遠くに行けるはずがない……いつも、ちょっとした距離でさえ手をつないで歩く子だったんです。どうして……」
彼女の声が消え入りそうになる。病院で入院生活を続けてきた彼女の子が、自分で病院を出るとは考えにくかった。
父は肩を震わせながら、病院の廊下を鋭く見渡した。
「今、できることは全部やってください。警察にも連絡を。カメラ映像や他の証拠も、今すぐ調べてくれないと困る!」
彼の声が響き、母は涙をこらえながらも必死に父の手を握り返した。その握る手は冷たく震えていたが、同時にお互いの心の拠り所でもあった。
その場にいる全員が言葉を失い、重たい沈黙の中で母は祈るように心の中で娘の名を呼んだ。「
お願い、無事でいて……どこかに隠れていて、お願いだから……」