褒美の味 【月夜譚No.314】
揚げ立てのとんかつに腹が鳴る。彼はごくりと唾を飲み込み、腹部を押さえていた手でソースの瓶を取った。
山になった千切りキャベツとそこに寄りかかった豚肉に、とろりとしたとんかつソースをかける。一切れを箸で持ち上げるとピンク色の肉厚な断面にソースが流れ、更に空腹を刺激する。
一思いに前歯で噛んだ黄金の衣はサクッと軽く、香ばしい。肉は柔らかく、歯で圧される度にまろやかな肉汁が舌に広がる。鼻に抜けるソースの香りが心地良く、彼は暫く目を瞑って肉の味を噛み締める。
ずっとこれが食べたかったのだ。
ここのところ仕事が忙しく、ゆっくり食事もできなかった。全てが終わったら、この行きつけの食堂でとんかつを食べるのだと心に決めて、それを糧に頑張った。そしてつい先ほど仕事が終わり、その足で食堂にやってきたというわけだ。
仕事が終わった解放感とようやっと美味しいものが食べられた幸福感。今の仕事は大変なことも多いが、この感覚を覚えてしまったらやめられない。
しかし今は、仕事のことなど一ミリも頭に置いておく必要はない。彼はただただ満ち足りた気持ちで次のとんかつに箸を伸ばした。