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結続  作者: 安吐~&
第一部 
7/16

第一部7

**7**


阿琉斗は、阿々紀に連れられテンマンの一室に来ていた。

さっきと同じ体勢で上を見上げて寝ている。

周りではガチャとガラスの器具がぶつかる音がする。それに紛れるように複数の声が聞こえる。


安全な場所に来られたものの、あの恐怖は未だに纏わりついている。


あの路地の近くに行く度に思い出してしまうのだろうか。


怖い。


怖い。


阿々紀先輩。阿々紀先輩だ。


あの男。阿々紀先輩を狙っていた。


あれ、あれ。


阿々紀先輩。無事なのか。


言って、しまったのか。


あれ。俺を助けに来た人は。


あれ、あれ。


「お、起きたか」


野太い男性の声が足元から聞こえた。その声は非常に柔らかかった。自然と涙が出てきた。


誰かに涙を見せたのは久しぶりだ。


「おー、安心しろ。ここはお前の味方だ。俺も、アイツらも。あの阿々紀だってそうさ」


阿々紀?


近くに来て顔を確認できた。丸顔で大柄で、おそらく高等部の学生だ。誰かに似ている。あ、ゲンジだ。ゲンジよりも大きい。けど優しい雰囲気がある。


「起きたノー?」


と軽い声がする。鍵をくるくると回し、女学生がこっちに来た。


「カメー。傷口はどうなの」


「口内の縫合は終わったよ。後は時間がなんとかしてくれる。良かったな少年。鼻は折れていない。良い顔のままだ」


モキュっと靴の音がする。音からでも随分と履き潰したことが伺える。


「あ、ホントだね。綺麗だ」


立てる?と手が伸びてくる。路地での最後の記憶が蘇る。


「ありがとうございます」


自分でも驚くほどかすれて、嗄れた声だった。


「無理しないでネ。ゆっくりでいいカラ」背中に腕がまわり起き上がることができた。


「私はシズク。また会うことがありソウ。よろしく」


とこちらのことも聞かずに向こうに行ってしまった。向こうにはもう少し人がいるようで「喉がやられている。シガリロで間違いない」と口頭での報告を行っている。


「班長がここまで運んで来てくれた。仲良いのか?色長と」


手元の書類に何かを書き込みながら、ちらりとこちらを見ながら尋ねてくる。


「色長ってのは」痛む喉で質問を返す。


「阿々紀だよ」


あの人に役職があったのか。誰が任命したんだろう、と疑問に感じたとき、


「といっても指揮は副長がほとんどやっている。阿々紀は気がついたら対象を鎮圧しているから指揮もクソも無い。手柄だけでみると、アレが一強だから色長になった。それだけだ。自由に動かれてこっちも大変みたいだ」


なるほど。実に阿々紀とテンマンらしい。


そういえば『色』とは何なのだろうか。


「入学式でもきいたんですけど、『色』って何なんですか?」


カメと呼ばれる学生は手元のケルテを見て、えーっと阿琉斗くんか、と名前を確認する。


「阿琉斗くんは小等部だね。中等部から学生は『色付け』される。この人達は『黒』だ。そのなかでもここは『範囲型重要事件12409対策班』だ。」


まぁ、また学校から説明があるだろう。と区切られた。

とりあえずテンマンの内部組織らしい。


「まさか阿々紀に友人がいたとは。仲良くしてやってくれよ」


書類を書き終わったカメから、塗り薬を手渡される。


「喉はそのうち治る。顔の傷も、当分は目立つだろうが後にはならないから安心してくれ。今日は災難だったな。いや、むしろ幸運か。表に阿々紀がいると思うから家まで送ってもらえ」



そこから教えられた道順で出口に向かう。


途中、洞窟のような場所にあたり、そこに人がいる。


パサッと、その見知らぬ先輩から布を渡される。尋ねると、これは目隠しらしい。


「ここから入口、いや出口か。そこまでは目隠しと両腕を拘束して向かってもらう。そこら中に見られちゃまずいものがあるからな」と不敵にニヤッとする。


そうして阿琉斗は再び暗闇の中に身を預けた。


どうやら下は泥らしく、踏み出す度にグチュっと音がして足首に負担が掛かる。埃臭く、この自由の奪われた暗闇がひどく恐ろしく感じる。


それを誤魔化すように

「さっきの、カメと呼ばれている方もここの人ですか」


と、誘導してくれている先輩に尋ねる。


「いや、カメは『赤』。君がここに運ばれたから呼んだんだ。指は太いけど、技術は確かなんだよねー」


「先輩は黒なんですか」


「そうだよー。黒所属の中等部、黒の中の虹。暗闇の中の光。俺はショク。よろしく」


「僕は阿琉斗です。まぁ今、目の前真っ暗ですけど」


「ハッハ!。面白いねー阿琉斗くん。大好きだよ、そういうの。中等部になったら黒に入ってねー」


「それはまだ分かりませんけど」


「推薦しとくね。そんな制度無いけど。あ、そういえば阿々紀先輩と仲良いんだって」


「ええ、阿々紀先輩がボクの附帯保護者なんで」


「附帯?なにそれ」


「え」


「あ、着いたね。扉開けるから待っててね」


ペチンと冷たい金属の取っ手に手が触れる音がする。


イヨッ、とショクの力のこもった声の後、扉が開く音が短くする。


フンッ、と再び声がする。今度は音がしない。


「ちょっと待ってねー」


ヤッ、と声がする。グヒッとなにかを引きずった音がするが、短い。


「あのー」


「大丈夫、大丈夫!」


暗闇の中で阿琉斗はただ立ち尽くすことしか出来ない。


絶対開いてないよな、扉。


「誰か呼んできましょうか」


「もう少しだか。」と、もう一度手を掛けようとしたのだろうが、うわっ、と声がし、重い地響きのような音が洞窟に響き渡る。


暗闇の叫び声はこの上なく、身体を硬直させる。


「あ!阿々紀先輩。いたんですか。言ってくださいよ、もー」


イテテというショクの声と布を擦る音が聞こえる。阿々紀が外から扉を開けたのだろう。


阿琉斗を引き寄せ肩をもって外に連れ出す。目隠し越しにも光が入らない。すっかり日が暮れたようだった。


「じゃ、腕の取るねー」


拘束具は、緩めに結ばれていたため手に痛みは残らなかった。先に目隠しじゃないんだ、と思い自分で取った。




改めて自由になったので、今の身体の状況を確認する。


路地裏で倒された際に肘を大きく打ち、そこは伸縮させると痛む。あとは背中か。全体的に痛みがある。


身体を伸ばすため少し空を仰いだ時、


「まぁ元気出せって!」とショクが動き風が揺れた。


まずい、叩かれる!と思った頃にはショクの手が背中に接触するところだった。


パァン。大きな音が耳を突いた。


背中に衝撃がこなかった事実と、叩かれた音がした事実が同時に発生する。



ぶつかったのは手の平と、手の平だった。


ショクの手と、阿々紀の手。


「痛ぁぁぁ」と思わずショクが声を上げる。


「阿琉斗。家まで送る」




帰り道。阿々紀先輩に話しかけることが出来なかった。。屋外での会話に『阿々紀』という言葉を入れてしまったら、またアイツに狙われてしまうのでは。その不安でいっぱいだった。


もし、もしまたアイツに会ったら。自分の身すらも守れない。


そのとき浮かんだのは、路地裏での記憶。あの眩い光だった。あの光の後、恐怖は目の前から姿を消した。あれは一体。


阿々紀先輩。そう声をかけようとしたがそれは、「ごめん」という声に掻き消された。


「え」


「ごめん。私が別の道で帰ってしまったから」


違う。


「いや、そんなこと」


阿々紀の声が揺れる。


「本当にごめん。私がいれば」


違う。


「ごめん。本当にごめん」


崩れた謝罪の言葉が阿琉斗を締めつける。違う。違う違う。守れなかったのは自分の方だ。目の前の人間に辛い思いをさせてしまった。


大事な人をこんな気持ちに…。



この国に伝わる『英雄』の話をヒヨにしたとき、「自分を犠牲にして守れる命は無い。」という話をしてもらった。


「例えばだな、阿琉斗。強い化け物がこの家にやってきてみんなを襲うとするだろう。そこで父さんが勇敢に立ち向かって、自分の命と引換えに家族を守ったとする。このとき阿琉斗や母さんたちはまた同じ日常を繰り返すことはできるだろうか」と。


 「もちろん経済的に依存していたら、元の生活よりも苦しくなるかもしれない。ただそれ以上に、悲しみや喪失感というものは拭うことが出来ない。それがある限り、どれだけ前向きに生きようと決意しても、何処まで行っても付いてくる影のように消し去ることは出来ないんだよ。この英雄は、魔物を倒し尚且つ自分も生き残った。誰の涙も見ることは無かったんだ。だからこそ『英雄』なんだ」


まぁ、父さんは不死身だけどな。といつもの口癖で締めくくった。



俺の強者論は父のヒヨによって形成されてきたと言ってもいい。


全てを喰らい、頂点に立つ。何もそれだけが強者ではない。


 最も優れた強者とは、相手に自然と頭を下げさせる者のこと言う。

これまでの実績や信頼、人柄や仲間が強者を強者たらしめる。武力で成り上がる強者などほんの一時の王にしかなれない。


今の阿琉斗は、強者どころか誰かを守ったとすらも言い難い。自分を失わず、相手を懐柔させる。


そのために、強くなりたかった。


「阿々紀先輩」


痛む喉から声が出た。不格好で情けなくて、それでも多くの人の思いを背負って、戦う。


これが阿琉斗の思いで、願いだった。


「俺も強くなりたい。俺は自分の大事なものを守りたい。もう誰にも、あんな怖い思いをしてほしくない。だから、だから」


言葉が出てこない。逸る気持ちと比例し、阿琉斗の目からも涙が溢れる。


悔しい。強くなりたい。守りたいものを、自分の手で守りたい。


俺は、俺は。


「あぁ」


一切の揺らぎがないその返答に、少年の涙は止まった。


恐怖で支配されていた感覚や記憶が、一瞬にして快晴となる。


「ありがとう」阿々紀の言葉が感謝に変わっていた。


風が身体を撫でて二人の間を通り過ぎていく。少し冷たい風が、周りの匂いも運んでくる。


太陽が沈み、暑さが和らいでいく。


「私も君を守りたいと思う」祈るように呟く。宝石のような瞳は、阿琉斗を捉えていた。


今度はその『思い』に心が乗っていた。


もう諦めない。


その日の太陽は一段と輝いていた。



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