第一部3
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桃色の木が入学を祝うように色を付けていた。風に揺られ花びらを散らす。木の葉がシャリシャリと擦れる音は、大地の上で聞く川の音のようで体を自然の一部に還す。自分の家にもあるその木を新天地
でも見ることは、阿琉斗を不思議な気持ちにさせた。初めてのはずなのに懐かしい。そんなことを考えて、そのうち思考は霧散した。現実に戻った阿琉斗は辺りを見渡す。
大きい体育館だった。その両脇には来賓の年寄りや、どっかで見た大臣達が腰掛けている。すでに目を閉じ自分の世界を謳歌している人が見受けられる。
おいそこ寝るな、と言いたいところだが、しかし話が長い。
「みなさん、ご入学おめでとうございました。」
お、終わりかな。
「この学校では」
まだだった。
「みなさんがたくさんの国を訪れて、我が国を含め各国の問題を見つけ解決していくための要領を取り揃えています。社会的な知識はもちろん、様々なことを共同で経験を通して学んでいってもらいます。中等部ではそれぞれの『色』を見つけて活躍してほしいと考えています。」
なるほど。聞いてはいたが、この学校では実経験こそ価値としているらしい。
「テンマンが世の中心となるように。世を陽で導き、陰で支える。そのような人物になるよう我々は皆さんに期待し、指導をしていきます。しっかりと学んでいってください。」
長い挨拶が終わった。来賓も周りの子供たちも寝ていた。保護者もうつらうつらしていたが、阿琉斗は違った。眉間に皺をつくり、膝の上で拳を強く握っていた。
あぁこれが、この握る力強さが、私たちが彼に課した重みなんだろう、と改めて申し訳なく思った。
彼自身は直接言われたわけでもない。
だが彼は言葉ではない『何か』を運命として感じ取っているのだろう。自由には生きられない。しかしそれが自分に望まれているものなのだろう、と。
「それでは各学級分けと担当教官のお報せをいたします。」
式典が終わり外に出る。日が高くなり影も短くなっている。親も子も顔が晴れやかになっている。おめでとう、と周りで響く。ありがとう、と声を返している。まるでそれが定型のように響く。
「阿琉斗はここからクラスに向かうんだっけ」
この男に人を祝福する概念は無い。
「そうだね」
阿琉斗も父の気質はすでに理解していたし、咎めることもしない。慣れたというより、面白い人だなと思っていた。
「父さんはどうするの?帰る?」
「そうだな。見たいものはしっかりと見ることが出来たから帰ろうかな」
ゴソゴソと自分の服を整える。
大方寝ていたのだろう、お尻の部分に大きく皺ができていた。
「あ、そうだ。阿琉斗、附帯制度っていうのがあってな」
『附帯制度』。正式名称は、附帯保護学修制度。入学してすぐの小等部の学生に対し、学問や生活の支援を高等部の学生が行う制度。これに従事する高等生は「附帯保護者」と呼ばれ、この国の幼児・青年教育指導員の必修事項科目となっている。
そう、ヒヨは説明した。
「そのうち阿琉斗にも附帯保護者がつくから、頑張んだぞ」
右も左も分からない学校生活を送る阿琉斗は、「親切な制度だ」と率直な感想を述べた。
「分かった。ちゃんと挨拶して色々教えてもらうよ。じゃそろそろ教室に向かうよ。ありがとう、父さん」
『血眼』。それは獲物を探さんと目をカッと開き、瞬きをも忘れている様子である。
それは治安維持を行う国の機関の様子である。
それは『黒』が人を追う様子である。
それは狼が兎を狙う様子である。
それは自身に向かうものが刃物だと理解した被害者の様子である。