第一部1
手足をもがれて生まれた私は
自分の殻まで失った。
どうか私に
キミの景色を見せて欲しい。
キミが拓いたその道を
なぞって私に会いに行く。
**1**
彼が産声を上げた日は、正門に続く階段脇の木が桃色の花を咲かせていた。
階段の上には寺院のような家があった。国の文化財に認定された、とでもいうのだろうか。それくらい高尚で、桜や木々の青さに溶け込む趣があった。
ここは整備された山の上で、そこまでは石の階段が続く。登った先には朱色の門があり、奥には同じく朱色に塗られた五重屋根の塔が頭を覗かせていた。
白い布に包まれた彼の周りを産婆を含めた多くの人が囲んでいた。赤子を取り上げる女性。手を叩いて喜ぶ老いた男たち。赤子を抱き寄せる母親と部屋の隅で腕を組んで口角を上げる父親。すべての目線の先に君がいた。もちろん私も見ていた。「この人は誰だ?」という使用人の視線には晒されたが。
しっかり伝達しといてくれよ、ヒヨ。危うく侵入の疑いで断罪の餌食になるところだった。
それでは、と父親が口を開いた。
「みんなに伝える準備をしてくるよ」
すっと壁から身を離し、組んでいた腕を無気力に下に垂らした。
「この子が次の太陽になるんだ」
そう言って部屋を後にした。
この部屋に留まるか、男に付いていくかを迷っていると
「この子には、自由に生きてほしいけどね」
と母親がか細くつぶやいたのを、私は聴き逃がせなかった。
その言葉が今は一番聞きたくなかった。
この家は少し特殊で、管轄の報道機関がある。
もっとも、特殊なのはこの国か。
この国にはこの家管理の報道局しかない。
この家は『国政の象徴』とされている。そして国民の9割がこの家を信仰している。
この国にとってこの家は『柱』であり、揺るがすことは出来ない。
『太陽と月がこの世界において重要な役割を持っている。』それがこの国の思想だった。
建物の形を引き伸ばしたり角度を傾けたりできる唯一の存在、それが太陽。実際に動いているのはこの惑星の方なのだが、太陽が作る影がグニャグニャと形を変化させる様から、人々は「太陽は人々を在るべき形へと導いてくれる」としている。
月は静かに夜空に佇む。人々を見守るように。そして、その光は太陽の光を反射しているという。月は一人では輝けない。いや違う。月は夜の間、太陽が放つありったけの力を一人で受け止めている。孤独に、だが力強く「僕はここにいるよ」と太陽に呼びかける。夜の間人々に忘れられた太陽にとって、月は欠かすことの出来ない存在なのだ。
太陽の役割は『陽家』、月の役割は『陰家』がそれぞれ担っており、人々は彼らを信仰する。
その子、阿琉斗も陽家の子として産まれた次の太陽だ。人々の思いはこの子に注がれる。希望も感動も畏怖も感嘆も、殺意さえも。
私は神にはなりたいとは思わない。だがこの子は、これから神として生かされていく。
この子の道は決して平坦ではないだろう。この国を、形式的にとはいえども、治めることになるのだから。『自由』には生きられない。
産声を上げたばかりの赤子に、私たちは計り知れないほどの希望を預けている。その希望の大きさや密度については私たち自身にも分からなくなった。数えるのを、希望だったの色を、そこに託した思いも、今や全て分からなくなった。
思いが行動に出るたび、改めてその大きさを実感する。
「今度は上手くいくか」
それを問うことすら嘲笑われているのだと思うと、私はまた力なく息を吐くのだった。