96.激突
三人は闇に紛れて疾走を続ける。
騒がしく動き回る兵士たちに気付かれぬよう気を配るが、流石に限界があった。
「そこの貴様ら! 止まれ!」
一人の兵士に気付かれた。
それでも三人は止まらない。兵士の呼びかけを無視して走り続ける。
「おい! 貴様ら!」
兵士は苛立ちながら、周囲に呼びかける。
「不審者が混じっている! あいつらを捕えろ!」
アルゴたちに注目が集まる。
そして、気付く者が現れる。
「あ、あれは……ラ、ランドルフ・オグエン! 大変だ! 罪人が脱走しているぞ!」
砦内が一段と騒がしくなる。
罪人を捕えようと、兵士たちが群がり始める。
アルゴはさっと周囲に視線を走らせて眉をしかめた。
「くそっ、数が多すぎる」
兵士達が四方より迫りくる。
ここはアルテメデス軍部の一大拠点。
駐屯している兵士の数は尋常ではない。
その時、ザムエルは外套の内側から、長さ二十センチ程度の杖を取り出した。
杖の先には赤く輝く魔石が嵌め込まれている。
「私にお任せを。―――ロックウォール!」
ザムエルは杖を振って魔術を発動させた。
地面が盛り上がり、岩の壁が出現。
高さ横幅ともに五メートルほどの壁が兵士たちに襲い掛かる。
岩壁の威力は絶大。
屈強な兵士たちを簡単に吹き飛ばした。
「まだまだ!」
そう言って、ザムエルは魔術を発動し続ける。
断続的に岩の壁が出現。
兵士の塊を吹き飛ばしていく。
「すごい……」
そう呟いてアルゴは考える。
以前、王都バファレタリア闘技場でザムエルの魔術を見たが、その時よりも格段に威力と速度が上がっている。
そうか。あの時は杖を使っていなかったな。
杖は魔術師たちの武器。
杖は魔術の威力を底上げしたり、発動を速める効果がある。
杖という武器を手に、ザムエルは魔術師の真価を遺憾なく発揮したのだ。
そうやって兵士たちを吹き飛ばしながらアルゴたちは突き進む。
だが、アルゴはまたもや眉間に皺を寄せた。
前方にて兵士の塊あり。
強固な鎧と大楯を装備した重装歩兵だった。
重装歩兵たちは集団となって防御陣を築いている。
しかも、重装歩兵たちの奥には複数の魔術師。
魔術師たちは、今にも魔術を放とうとしているようだった。
おそらく、あの魔術師たちは遠距離魔術が得意な者たち。
ザムエルが彼らを魔術の範囲に捉えるより先に、彼らの魔術が放たれてしまうだろう。
正面突破は難しいか。
アルゴがそう考えた時、後ろから大きな笑い声が聞こえた。
「ハハハハハハッ! ようやく俺の番か!」
アルゴの背筋にゾクリと悪寒が走った。
強烈な魔力の気配。
その魔力の濃さに、一瞬酔いそうになる。
ランドルフは飛び出した。
魔力を漲らせて突進。
ランドルフは身を屈め、顔の前で両腕を交差させて駆ける。
その直後、魔術が放たれた。
それは、燃え上がる炎弾。
大量の炎弾がランドルフへと接近。
「激!」
そう大声で発し、ランドルフはそのまま前進。
複数の炎弾がランドルフに直撃。
ランドルフは、まともに受けた。
並みの者ならば黒焦げになっていただろう。
しかし、ランドルフは体から黒煙を上げながら、ニヤリと笑うだけだった。
重装歩兵と魔術師たちは激しく動揺した。
ランドルフは止まらない。
重装歩兵が築いた防御陣に突撃。
魔力が逆巻いていた。
漲る魔力を抑えることなく、ランドルフは防御陣を穿つ。
激しい金属音を響かせて、重装歩兵たちが吹き飛んだ。
空を舞う重装歩兵たちのことを気にも留めず、ランドルフは魔術師たちへ突撃。
魔術師たちは逃げ出した。しかし、逃げ遅れた魔術師たちは、その身が数十メートル吹き飛んだ。
重装歩兵と魔術師の群れを蹴散らしたランドルフは、尚も止まらない。
速度を落とさず突進。
ランドルフは建物の壁をぶち抜いた。
分厚い建物の壁を、いとも簡単に破壊したのだ。
「な、なんて力だ……」
呆気に取られるアルゴにザムエルは苦笑しながら述べる。
「あれだけが、あの阿呆の取り柄ですからね。ですが、奴はいい仕事をしました。アルゴ殿、あれが司令部です」
ザムエルはランドルフが破壊した壁を指でさしながらそう言った。
巨大で堅牢な城のような建物。
この砦の核となる重要施設。
あれこそが司令部だ。
「あれが……」
そう呟き、アルゴは走り続けた。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
アルゴたちは司令部内に侵入した。
司令部一層は広間となっていた。
広間の奥には、幅の広い階段。
階段は一つ。上に行くには、その階段を上る必要がある。
アルゴは、一層広間を守護していた兵士たちを、ほんの数分で気絶させた。
剣を抜かず、拳のみで兵士たちを無力化させたアルゴのことを、ザムエルはこう評した。
あれは、人の皮を被った何か。
あれはもう、人の手でどうにかできるものではない。
口には出さず、胸の内でアルゴのことをそのように評価したザムエルは、素早く魔術を発動させた。
岩の壁が出現し、押し寄せる兵士たちを吹き飛ばす。
しかし、兵士の数が多い。壁の穴と大門から兵士たちがとめどなく雪崩れ込む。
ザムエルは決断した。
「アルゴ殿! 貴方様は先に行ってください! ここは我々で食い止めます!」
「でも!」
アルゴが異を唱えようとした瞬間、魔力の爆発が起こった。
「俺に任せろ!」
ランドルフは兵士たちへ向けて突進を繰り出した。
ランドルフは漲る魔力を爆発させ、圧倒的な突進力を見せた。
兵士の塊は、極大の衝撃を受けて吹き飛んだ。
突風に吹かれる木の葉のように空を舞う兵士たちの様子に、アルゴは唖然とする。
しかし、次の瞬間にはアルゴは我に返り、やるべきことを定めた。
「ザムエルさん! ランドルフさん! ここはお願いします!」
そう叫ぶと、アルゴは広間の奥へと駆けだした。
遠ざかるアルゴの背中を一瞬だけ目で確認し、ザムエルは声を張り上げた。
「さあ、ランドルフ! ここは死守しますよ!」
「ハハハッ! いいぞ! いいじゃないか! 血湧き肉躍るとはこのことよ!」




