95.夜陰
ヴィラレス砦上空。
青い竜が上空で旋回していた。
青竜の総体が青白く輝いた。
直後、空に巨大な魔法陣が出現。
魔法陣が青白く輝いた瞬間、魔法陣から雷が放たれた。
雷は、ヴィラレス砦に落ちた。
天を裂くほどの轟音。
激しい雷鳴。閃光、稲光。
ヴィラレス砦は、混乱に陥った。
兵士たちが慌てて建物から飛び出し、何事かと騒ぎ立てる。
落雷は一度だけでは終わらなかった。
空に輝く巨大な魔法陣から、断続的に雷が放たれる。
雷は建物を破壊し、地面を抉り、兵士たちを吹き飛ばした。
阿鼻叫喚。兵士たちは恐慌状態に陥る。
青竜は機を見逃さなかった。
青竜は急降下を開始。
両翼を広げ、地面に向かって落下を始めた。
「竜だ!」
兵士たちは青竜の姿を視認した。
武器を握り迎撃の構えを取る者もいたが、ほとんどの者は唖然と空を見上げるか、逃げるかだった。
青竜は地面スレスレまで降下し、両翼を勢いよく羽ばたかせた。
暴風が発生し、近くにいた兵士たちを吹き飛ばす。
青竜に向かって魔術や矢が飛ぶが、青竜の硬い鱗はそれらを全て弾いた。
青竜はヴィラレス砦に甚大な被害をもたらした。
勇気ある兵士は青竜と戦う覚悟を決めていたが、次の瞬間、その気勢が削がれた。
青竜は空へと上昇を開始。
翼を激しく動かし、あっというまに大空へと消えていった。
兵士たちは呆気に取られる。
嵐のように現れ、嵐のように去っていった青竜。
その様は、生物というよりは災害。
あれこそまさしく最強の生物。
青竜が去ったあと、上級兵は素早く指示を出した。
まずは被害の確認。怪我人と死者を正確に割り出さなければならない。
それと同時に、副司令官に指示を仰ぐ必要がある。
いずれにしても、青竜の再来に備えた防御陣の構築は必要だろう。
兵士たちは慌ただしく動き出した。
ヴィラレス砦は混乱の最中にあった。
それゆえ、気付くものはいなかった。
青竜の背中から二人の男が飛び降りていたことに。
アルゴとザムエルは地面に降り立ち、気配を抑えて行動した。
闇に紛れ、目的地へと目指す。
ヴィラレス砦は中央に司令部が配置されており、その司令部を囲うように四つの建物が存在する。
東西南北に配置されたその建物は、兵舎と訓練所を合わせた造りになっていた。
アルゴとザムエルが目指すのは、西側の兵舎だ。
その兵舎の地下に、罪人が囚われている。
この情報も黎明の剣によってもたらされた情報だった。
夜陰に乗じて砦内を駆ける。
アルゴとザムエルは黒い外套を纏い、闇に溶け込んでいた。
この時点では、アルゴとザムエルのことを気にする者はいなかった。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
西側兵舎の一階は、訓練場になっていた。
仕切りが一切取り除かれた広い空間だった。
アルゴとザムエルは一階奥の扉を開けて、地下へと下りた。
地下へと続く階段を下りる途中、兵士と鉢合わせた。
兵士は声を上げる。
「何だ、お前たちは!」
アルゴは素早く動いた。
兵士の懐に潜り込み、鳩尾に右拳を叩き込む。
その後、間髪入れず顎先にも一発。
「うッ……」
兵士は意識を失い倒れ込んだ。
「行きましょう!」
そう言ってアルゴは駆け、ザムエルはそのあとに続く。
地下へと辿り着き、アルゴは周辺を確認。
地下はしんと静まり返っていた。
見張りはいない。青竜が暴れたお陰で、大半の兵士は持ち場を離れているようだ。
地下には牢屋が幾つも並んでいた。
牢屋を一つ一つ確認。
「おい! あんたら、ここから出してくれ!」
見知らぬ囚人に声をかけられたが、それを無視。
少し気の毒には思うが、こちらに余裕はない。
そして見つけた。
ザムエルが声を上げた。
「ランドルフ!」
牢屋の中に巨体の姿があった。
ランドルフ・オグエン。巨漢の魔族だ。
ランドルフは、両腕に枷を嵌められていた。
その枷には鎖が付いており、鎖の先は天井に繋がっていた。
ランドルフは、両腕を天井から吊るされた状態で眠っていた。
全身傷だらけだった。おそらく酷い拷問を受けたのだろう。
「うん?」
ランドルフが目覚めた。
「お、おお! ザムエル! アルゴ!」
「ランドルフ! 脱出しますよ! 自分で動けますか!?」
「動ける……が、この枷をなんとかしなければならん。この枷が俺の魔力を抑え込んでいて力が出せんのだ。お前ら、鍵は持っているのか?」
「それなら問題ありません。アルゴ殿」
「はい」
呼吸を整えて集中を開始。
その後アルゴは魔剣を抜いた。
素早く魔剣を振る。
一太刀で檻を切断。
続いて、魔剣を二度振る。
ランドルフの両腕に嵌められた枷は、あっけなく切断された。
自由になったランドルフは、信じられないといった表情をしていた。
「アルゴ、お前……本当に人間か?」
「時間がありません。ランドルフさん、リューディアさんとチェルシーさんの居場所は分かりますか?」
「あ、ああ……その二人なら、中央にある司令部にいる。という情報を兵士から聞いた」
「司令部……ですか」
アルゴはザムエルと目を合わせた。
ザムエルは言う。
「ここまで来て諦めるという選択肢はありません。行きましょう!」
「はい!」
三人は走り出した。




