94.霹靂
宿屋アン。
安宿の室内で、ザムエルは語る。
「その時、ランドルフが立ち上がったのです。奴は、最後の気力を振り絞り立ち上がりました。そして、あの大将軍に突撃を繰り出したのです。私もその後に続きました。その時、私は魔力切れでした。ですから私は、玉砕覚悟で突進を敢行したのです」
ザムエルは少し間を置いて続ける。
「しかし、結果は皆様も知っての通り。大将軍を討ち取ることはかなわず。私たちは嵐に吹き飛ばされました。嵐にのまれた瞬間、私は気を失ったのでしょう。目を覚ました時、街の端まで吹き飛ばされていることに気付きました。生きていたのは奇跡でした。私は奇跡的に助かった。ですが……他の三人は……」
それを聞いてメガラは言う。
「話は分かった。だが、案ずるな。まだその三人は生きている。であれば、何とかなる」
「ええ、ええ……そうですとも」
ザムエルの瞳には涙が滲んでいた。
「私は一人でヴィラレス砦に乗り込むつもりでした。無謀ですが、それしかなかったのです。しかし、貴方様がいれば……」
ザムエルはそう言ってアルゴに顔を向けた。
アルゴは言う。
「ザムエルさん。俺に任せてください」
「おお……なんと頼もしい。ですが、本当に一人でいくと?」
「はい」
「アルゴ殿、お願いです。私も御一緒させてください。ランドルフは阿呆でどうしようもない男ですが、あれは私の友です。ですから、人任せにはしたくないのです。足手まといになるようならば見捨てて頂いても構いません。ですからどうか……」
ザムエルはアルゴの前で跪いた。
アルゴは困ったような表情をしてメガラの方へ顔を向ける。
メガラは言う。
「義厚きは己を動かし、勇在れば人を救う。されど双揃いし者、輝石の如く」
「え?」
「口では皆、己の義を語り、勇を謳うが、いざ死地へ飛び込むとなると怖気づいてしまう者が大半だ。だが、その男は違う。その男は、義と勇揃った傑物よ。なれば、その者はお前の力になってくれることだろう」
「それはつまり……?」
メガラは肩をすくめて言う。
「黎明の剣の者たちとは違い、その者は単身。一人が二人になったところで、作戦は大きく変わらんだろう……ということだ」
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アルテメデス帝国直轄、東部領軍事防衛拠点。通称ヴィラレス砦。
大陸東部の防衛と治安維持を行うために建造された、軍部の要所である。
背の低い草木が広がる平原地帯に、ヴィラレス砦は存在した。
周囲を高い城壁に囲まれてたこの砦は、まさに要塞。
分厚く堅牢な城壁は、何人たりとも突破することかなわず。
高く分厚い城壁の内側には、巨大で堅牢な建物が並ぶ。
城壁内中央部には、城と呼んでも過言ではない巨大な建物が存在する。
その建物こそがこの砦の核、司令部である。
真夜中を過ぎたころ、司令部内の執務室で、マティアス・アルヴェーンは業務を行っていた。
マティアスは頭部の白い毛を指先で弄り、小さく溜息をついた。
「ふう……」
マティアスはペンを止め、立ち上がって伸びをする。
ふと、窓から外を眺めた。
外は暗闇で覆われている。
「そろそろ……休まないとな」
と言ってはみたが、まだ仕事が山のように残っていた。
マティアスはいつも以上に忙しかった。
現在、この砦の主であるクリストハルトは不在。
エリュトラという小国の視察のため、数日前から留守にしている。
マティアスはクリストハルトの副官である。
そのため、クリストハルト不在の間は、マティアスが仕事を肩代わりしなければならない。
それでも、マティアスは不満一つ無かった。
クリストハルトの一助になれるのであれば、これ以上に光栄なことはない。
マティアスはそう思っていた。
「閣下のお帰りは、明日か……」
クリストハルトは明日帰還する予定となっている。
マティアスはクリストハルトの帰還を待ち侘びつつ、同時に、もう少し視察先でゆっくりしていけばいいのに、とも思っていた。
ここのところ、クリストハルトは心を入れ替えたように熱心に働いていた。
その熱の入れようは、倒れないか心配になるほどだ。
しかも、ふと砦の外へぶらつくこともなくなった。
あの羊皮紙とボロ布をばら撒いてからというもの、ほとんど引きこもりになったといってもいい。
三人の罪人を処刑する旨が記載された羊皮紙とボロ布。
あれを周辺地域に大量にばら撒けと指示を出したのは、他でもないクリストハルトだ。
街中で反乱分子どもと一戦交えれば、住民たちに被害が及んでしまう。
それは避けたい。それゆえの宣告。
あれで反乱分子を敢えて砦に誘い込み、全て返り討ちにする。
そういう思惑。
「閣下はお変わりになられた……」
原因は分かっている。謎の二人のせいだ。人族の少年と魔族の少女。
その二人が何者なのかは分からない。
クリストハルトは教えてくれない。
二人の死体が上がらないことにクリストハルトは苛立っている様子。
黒い感情が湧き上がるのを感じるが、頭を振って無理やりその感情を追い出した。
「私は、閣下を信じるだけだ」
そう言って、少し笑う。
クリストハルトのことを考える。
本国の意向でクリストハルトはエリュトラへと視察へ行った。
クリストハルトはここを離れることを嫌がっていたが、いい気晴らしになるだろう。
たまには外へ出た方がいい。とマティアスは思う。
「もう少し、頑張るか」
そう呟き、もう一度窓の外を眺めた。
今は真夜中。外は暗闇。
日が昇るまでにはまだ時間がある。
そう思っていた矢先、異変が起きた。
空が青白く明滅した。
強い発光が暗闇を裂いた。
直後、天を割る雷鳴。
青白い雷がヴィラレス砦を襲う。




