88.二つの道
アルゴとメガラが再会した日から数日後。
アルゴは完全快復していた。
その日の昼、アルゴは村の者たちと共に森に狩りに出ていた。
「アルゴくん、相変わらずいい動きをするね」
アルゴに称賛を送ったのはヴァンだ。
アルゴはその称賛を受けながら、捕らえた獲物の手足を縄で縛る。
捕えた獲物は、四足歩行の獣。魔物ではなく、動物に分類される生き物だ。
「いえ、これぐらいは大したことないですよ」
そのアルゴの返事に反応したのは、恰幅のいい男だった。
名前はサム。
「ハハハッ! 大したことねえときたか! 流石だアルゴ!」
「いえ、本当に」
サムはアルゴの肩を叩き、ヴァンの方へ顔を向けた。
「なあヴァン、アルゴがいればレーン家は安泰だな!」
「ああ、その通りだよサム」
アルゴは村人たちに認められていた。
アルゴは大抵、他の誰よりも大きな獲物を狩る。
すでに村の主戦力といってもよかった。
やや離れた位置から声が聞こえた。
「よーし、今日はここまで! 帰還するぞ!」
野太い声が響いた。村のまとめ役的な男だ。
名前はモーリス。
村人たちはモーリスの指示に従った。
各々返事をして集落へと足を進める。
アルゴは捕らえた獲物を肩に担ぎながら考えていた。
今しがたのヴァンとサムの会話を思い出す。
アルゴがいればレーン家は安泰。
それを聞いた時、何も引っ掛からなかった。
すっと受け入れてしまった。
俺は、ずっとここにいるつもりなのか?
そう自分に問い掛ける。
食べる物に困らず、寝る場所に困らず、こうして褒め称えられ、優しい人たちと共に笑ってすごす。
心身共に満たされ、穏やかに、慎ましく、平和を享受する。
それも悪くない。
自分の問いに、そう答えた。
答えてしまった。
アルゴはその答えをかき消すように頭を振った。
強く否定する。
何故なら、そこにメガラはいないのだから。
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アルゴは狩りを終えて集落に戻ると、湖の方へ足を向けた。
メガラに呼び出しを受けていたからだ。
狩りが終わったら湖に来い。メガラからそう言われていた。
青く澄んだ湖。
この場所に来ると心が落ち着く。
胸の内にある澱のような物が流れ落ちていく。
そんな気がするのだ。
湖の畔でメガラは待っていた。
意外なことに、メガラは一人ではなかった。
メガラと共にエマがいたのだ。
「来たか、アルゴ」
「うん」
アルゴはそう返事して、メガラとエマの様子を窺う。
二人とも真剣な表情をしていた。
楽しくお喋りするような雰囲気ではない。
二人の空気にあてられ、アルゴは少し緊張する。
声を詰まらせながらアルゴは尋ねた。
「そ、それで……用件は?」
「アルゴよ、余にはお前が必要だ。お前がいれば、余の大願は成就される。余は、そう思っている」
「う、うん……」
「だがな、それは余の願いであってお前の願いではない」
「それは……」
「はっきりと言おう、アルゴ。余は畜生だ。余はな、自分自身のためだけに戦っている。復讐だ。余は憎い。余を殺したアルテメデス帝国が。アルテメデス帝国を討つ。余の内で滾る灼熱の炎が、余を動かす原動力だ。余が進むのは滅びの道よ。たとえ復讐を果たしたとて、この身は破滅するだろう。余の炎が余自身を燃やし尽くす。きっと、そうなってしまう……」
突然のメガラの独白。
アルゴは何も言えなかった。
メガラは続きを言う。
「余は破滅の道を進む。余は多くを巻き込み、やがて滅びを迎えるだろう。だが、最近になって考えるのだ。アルゴ、お前には他の道もあるのではないかと」
「そ、それは……」
「アルゴ、余はこの場で二つの道をお前に提示しよう。どうか、よく考えて選んで欲しい」
「ど、どういうこと? 何を言ってるの?」
戸惑うアルゴを置いて、エマが口を開いた。
「アルゴ、君は強いけど、君のその強さは人を殺すためにあるんじゃない。人を、大切な人を守るためにあるんだよ。ねえ、君は分かっている? このままじゃ、その手で多くの命を奪うことになるよ? その覚悟があるの? その手を血で染め続ける覚悟が」
「……」
「もうやめようよ。君は普通の男の子だよ。だからいいじゃない。戦いから降り立って。もう一度言うよ、アルゴ。この村にずっといなよ。ずっとわたしと一緒にいてよ。絶対、その方が……幸せだよ」
何も言えないアルゴにメガラは言う。
「エマの言う通りだ。余と共に来るのならば、お前は覚悟をしなければならん。ここから先は本当の地獄だ。多くを殺し、多くの屍を越えていかねばならん。さあ、我らから言う事はもうない。我らはお前の選択を尊重しよう。アルゴよ、選ぶのだ」
メガラとエマは言っている。
このままここに残って穏やかな日常をすごすか、ここを離れ死地に飛び込むか。
どちらかを選べと。
アルゴはメガラとエマを交互に見据えた。
アルゴには見えた。
自分の足元から道が伸びている。
その道はメガラとエマ、二人の足元へと繋がっている。
エマへと通じる道は光の道。
暖かい陽光に照らされた安全な道だ。
きっと幸せへと通じる道なのだろう。
メガラへと通じる道は暗闇の道。
先が見通せないほどの濃い闇が広がった道。
いつ足を踏み外してもおかしくない危険な道だ。
きっと足元には多くの屍が転がっているだろう。
ここが人生の分岐点。
この選択が今後の人生を大きく左右する。
アルゴは目を閉じた。
頭に浮かぶのは、ここですごした穏やかな日常。
なくしてしまったものがここにはあった。
この場所で、一生を終えられたらどんなにいいことか。
それが偽らざる思いだった。
しかし、もう決めている。
とうの昔に、あの紫の瞳に見つめられた時からだ。
アルゴは歩き出した。
滅びの道へと。




