86.少年への思い
メガラの話を聞いて、エマは言葉を失った。
メガラとアルゴが経験してきたことは、エマにとっては夢物語のように思えた。
アルゴから聞かされていた話は大雑把なもので、まさかそのような過酷な戦いに身を投じていたとは思わなかった。
「さて、次はお前の番だぞ、エマ」
「え?」
「余は話した。お前も話せ。アルゴとの出会いからこれまでのことをな」
エマは少し考え、小さく返事をした。
「……分かった」
初め、アルゴのことを不思議な少年だと思った。
アルゴは森の中で猿の魔物と戦っていた。
胃袋に石を溜め込み、戦闘時に石を吐き出して投石する猿の魔物だ。
村の者たちからはヴォミットモンキーと呼ばれている。
ヴォミットモンキーは群れで狩りをする厄介な魔物だ。
村の者はヴォミットモンキーの縄張りには決して近付かない。
ヴォミットモンキーに襲われれば無事では済まないから。
だけどアルゴは、無傷でヴォミットモンキーを全滅させた。
すごい。純粋にそう思った。
ヴォミットモンキーを全滅させた強者はどんな人物か。
好奇心がわたしを動かした。
話をしてみたい。そう思い、アルゴに近付いた。
村の者には咎められるだろう。
見ず知らずの者に近付くなどありえない。
そもそも、一人で森に入りヴォミットモンキーの縄張りに近付くこと自体、正気とは思えない。
そう言われてしまうだろう。
それでも、魔物の様子を観察することが好きだった。
度々森に入りそうしていた。これまで無事だったのは、運が良かっただけなのかもしれない。
もしくは、何らかの才能がわたしにあったからなのかもしれない。
アルゴに近付き、そして拍子抜けした。
アルゴがあまりにも平凡だったから。
見たところ、どこにでも居そうな平凡な少年。
顔立ちはそれなりに整っていると言えるけど、特別目を引くほどじゃない。
身体つきは細く、戦士には見えなかった。
だけどヴォミットモンキーを全滅させたのは、間違いなくこの少年。
だから不思議だと思った。
それと同時に興味が湧き上がる。
どんな人なんだろう。
わたしはアルゴに質問を投げかけ続けた。
アルゴはその質問に対し、真摯に答えてくれた。
話をしてみると、これまた平凡だと思った。
何か気が利くことが口から飛び出すわけでもないし、特別頭がきれるわけでもないように思えた。
それに、心の内側で黒い感情をすくわせているわけでもなさそうだ。
純粋で素朴な少年。そういった印象を受けた。
そう思った時、心を開いている自分がいることに気が付いた。
初対面だと思えなかった。アルゴの事を、昔馴染のように思えた。
そうして、アルゴとの日々が始まった。
アルゴと共に修行し、村の仕事を手伝い、遊び、たくさん話をした。
アルゴとの日々は楽しかった。
わたしは、村にいる同年代の子供たちとは馴染めなかった。
村の子供たちは、無茶で無鉄砲なわたしのことを敬遠していた。
そういった理由もあって、わたしにとってアルゴは、同年代では唯一心を許せる存在といえた。
もうすでに、わたしにとってはアルゴがいることが当たり前だった。
アルゴがいなくなることなんて考えられなかった。
だけど、気付いていた。
ふとした拍子に、アルゴが見せる表情。
少し悲し気なあの表情を覗き見た時、わたしの知らないアルゴがいることに気が付いた。
それでも、アルゴに尋ねることはしなかった。
アルゴが何を考えているのか、何となく察したから。
アルゴの頭の片隅には、いつもある人物がいた。
共に旅をしてきたという魔族の少女。
その人物のことを、いつも思っていた。
それは、アルゴがいつか旅立ってしまうことを意味していた。
だから触れなかった。それをアルゴに肯定されることが怖かったから。
だけどある日、アルゴに言ってしまった。
日に日に不安が募っていく。その不安を解消させたかった。
ずっとここに居ればいい。アルゴにそう言った。
アルゴはそれを否定した。ついにはっきりと言われてしまった。
頭が真っ白になり、ついアルゴに対し冷たい態度を取ってしまった。
アルゴを困らせることはしたくなかったけど、ついそうしてしまった。
翌日だ。首に邪竜の紋章が浮かび上がった。
早すぎる邪竜の目覚め。
村の知恵者が言うには、地上での人族と魔族の対戦が邪竜の目覚めを早めさせたとのことだ。
罰が当たったんだと思った。
散々アルゴに助けてもらっておきながら、アルゴを困らせてしまった。
その罰が当たったんだと。
アルゴは言った。
俺が邪竜を退治すると。
無理だ。いくらアルゴが強いといったって、邪竜に勝てるわけがない。
アルゴには生きて欲しかった。
だから、アルゴに感情をぶつけた。
絶対に行くなと、怒りと願いを込めた。
アルゴはそれを聞き入れてくれた。
そう思った。
けど違った。
突然、首の紋章が消えた。
何故消えた?
一瞬で理解した。
アルゴだ。アルゴは朝早く森に修行に行ったと聞いていたけど、違った。
すぐに体が動いた。
家を飛び出し、森を駆けた。
会いたい。
とにかくアルゴに会いたかった。
そして見つけた。
森の中で、満身創痍のアルゴを。
どうしてそれほど傷ついているのか。
決まっている。
わたしのためだ。アルゴは、わたしのために戦ったんだ。
「だから、わたしはわたしの全てを使ってアルゴに恩を返す」
エマはメガラを真っ直ぐ見据え、そう言い放った。




