表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/250

82.世界の理

「お食事をお持ちしました」


 そう言ってスキュロスは深々と頭を下げた。


 メガラはベッドから上半身だけ起こし返事をする。


「ああ……すまない」


 弱々しい声。メガラの顔色は悪い。ひどくやつれて見えた。


「やはり、お加減がすぐれませんか?」


「そうだな……」


「……おいたわしゅうございます。ですが、何も食べなければ疲弊していくだけ。さあ、どうぞ」


 スキュロスは木の器に入ったドロッとした物をスプーンですくった。

 黄色く濁ったそれは、木の実を粉にして水と混ぜた物だ。


 メガラはスプーンを見つめていた。


 口に入れるのを躊躇った。

 問題は味。不味すぎる。

 泥を啜った方がマシかもしれない。

 そう思わせるほど不味かった。


「我が君、このような物しか出せず申し訳ありません。ですが、食べなければ……」


 メガラは首をゆっくりと振った。


「もうよい」


「はい?」


「もうよいのだ、スキュロスよ」


 メガラが躊躇った理由は、味のせいだけではなかった。


 メガラは言う。


「いくらなんでも流石に気付くさ。スキュロス、食事に何か盛っているな?」


「な、何を仰いますか!」


「だからもうよい。もう誤魔化すな。余はお前を責めん」


「……な」


 スキュロスは言葉を失った。

 目を見開いて固まってしまった。

 メガラの発言に驚いたからではない。


「な、なぜ……立ち上がれるのですか……?」


 メガラは立ち上がった。

 顔色は悪く、額に汗が滲んでいる。

 体を震わしながら、ゆっくりと立ち上がった。


 スキュロスは心底驚いていた。

 立ち上がれるはずがない。

 薬の調合は完璧だったはずだ。


「なぜ? 教えてやろう。余こそが魔族の盟主、メガラ・エウクレイアだからだ。それ以上の答えが必要か?」


 つまりは瘦せ我慢か。

 メガラは気合のみで立ち上がっている。


 メガラは右手を前に突き出した。


「余は理解しているつもりだ。お前は余のことを陥れようとしたわけではない。むしろその逆。余を安全であるこの場所に縛り付けようとしたのだろう?」


「我が君……自害せよと申されるのであればそう致します。私はそれだけの罪を犯しました。ですが、最後にお聞き入れください。どうか、ご自身の生命を第一にお考え下さい」


「余に戦うなと申すか?」


「それが、御身のためでも御座います……」


「スキュロスよ、お前は不敬を犯した。それでも尚、余は感謝しよう。そこまで余のことを思ってくれるのは、他にはおらぬのかもしれんな。だがな、余はすでに決めておる。―――余の道は余が決める」


 メガラの顔色はさらに悪くなっていた。

 瞳には強い意志を宿しているが、体の限界が近いようだ。


「時間がない。さあ、真実を話してもらおう」


 メガラは右手に魔力を集めていく。

 魔力を練り上げて圧縮。

 フレイムボールを放つ準備が整った。


 スキュロスはまたもや言葉を失った。

 メガラは覚悟を決めている。スキュロスを殺す覚悟と、己の命を散らす覚悟を。

 フレイムボールが直撃すれば、スキュロスは死んでしまうだろう。

 それと同時に、メガラの命も危うい。

 魔力とは生命力。弱りきった今のメガラが魔力を発動すれば、大きな反動を受けてしまう。

 高い確率で死に至るだろう。


 メガラは本気だった。

 スキュロスの目には見えた。

 苛烈な紅蓮の色。メガラの魂の色が。

 紅蓮の炎は器を変えて尚、激しく燃え上がっていた。


 スキュロスは視線を床に落とした。


「畏まり……ました」



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 川を下り続けた先に洞穴があった。


 巨大な洞穴だ。洞穴の入り口は広い。

 巨大な生物でも問題なく通り抜けられるだろう。

 例えば竜とか。


 この洞穴こそが、邪竜エレボロアスの住処だ。


 アルゴは洞穴に侵入した。


 広く暗い洞穴。

 だが真っ暗ではない。ほんのわずかに明かりが存在する。

 光る苔。その苔は、大気中の水分と反応し弱く光る特性があった。


 洞穴は静かだった。それゆえに聞こえる。


 空気が揺れる音。

 静かな息遣い。

 浅い呼吸音。


 いる。間違いなく邪竜はここにいる。


 アルゴは足を止めた。


 目の前に巨大な塊が存在した。


 表面は濡れ光っている。

 全身は黒い鱗に覆われている。

 巨体。その体躯は眷属とは比較にならないほど大きい。


 黒い翼は折り畳まれていた。

 呼吸に合わせてわずかに体が動いている。


 途轍もない威圧感と存在感。

 最強の生物。竜種。


 邪竜エレボロアスは眠っていた。


「……起きろ」


 アルゴは大きく息を吸い込んだ。


「起きろ!」


 アルゴの大声が洞穴内に反響。


 邪竜の寝息が止まった。


 邪竜は瞼を開けた。


 邪竜は動かなかった。

 だが、竜の瞳は確実にアルゴを見据えている。


 アルゴの脳内に声が響いた。


「……小さき者よ、何者だ?」


 邪竜の声だ。邪竜は思念を飛ばして会話することができる。


 邪竜は尋ねただけ。威嚇したわけでも、敵意を放ったわけでもない。

 だというのに、その威圧感だけで人を潰せるのではないかと思わせるほどだった。


 だが、アルゴは怯まなかった。


「お前が邪竜エレボロアスで間違いないな?」


 邪竜は鼻息をアルゴに吹きかけた。

 アルゴの髪の毛が大きく乱れる。


「儂を不快にさせるな。次に儂の望むことを吐かなければ殺す。何者だ?」


「お前こそ答えろ。お前が邪竜エレボロアスで―――」


 邪竜の長い尾が薙いだ。

 鞭のようにしなり、アルゴへと迫る。


 尾は土砂を巻き上げ、洞穴の壁に衝突。

 壁に亀裂が入る。


 邪竜は違和感を感じた。

 人間を尾で仕留めることができなかった。

 躱されたのだろう。

 それはいい。


 痛みを感じた。痛み、というものを感じたのは何百年ぶりだろうか。


 血しぶきが上がった。

 血は邪竜の首筋から吹き出している。


「グッ、グアアアアアアアアアッ!」


 邪竜は四足で立ち上がった。

 痛みで動転し、天井に向かって吠えた。


 受け入れがたい現実に邪竜は混乱する。

 馬鹿な。儂が人間如きに傷つけられるはずがない。


「なんだ、意外と柔らかいな。これなら―――殺せるな」


 魔剣が煌めいた。

 最高の硬度を誇る邪竜の鱗に魔剣が入った。


 血しぶきが舞う。


「に、人間風情が―――!」


 邪竜は猛る。

 邪竜は大きく息を吸い込んだ。

 その後、全てを吐き出した。


 邪竜の咆哮。


 空気が破裂した。

 空気が激しく揺れ、地面や壁に亀裂が入る。

 邪竜の咆哮はそれほどの威力だった。


 竜の咆哮は人に恐怖を植えつける。

 歴戦の猛者でも足をすくませ、体を硬直させてしまうだろう。


 しかし、アルゴは動じない。


 マンティコアの咆哮の対処法と同じだ。

 丹田に力を入れれば体が硬直することを防げる。


「うるさいって」


 アルゴはそう言って魔剣を振る。

 魔剣は邪竜の翼を傷つけ、首や胴体を傷つけた。


「ば、馬鹿な! 何故、儂を傷つけることができる!?」


 血を流しながら邪竜は尋ねた。

 己の理解能力を超え、純粋に疑問を漏らした。


 アルゴは馬鹿正直に答えた。


「確かにお前の鱗は硬いよ。普通なら傷つけることは無理だ。たとえ魔剣であってもね。だけど、俺には見えるし分かる。鱗の脆い箇所が見える。どんな角度で、どんな風に剣を振れば傷つけることができるのか、それが分かる」


「あ、ありえない! そんな理屈では儂の鱗は貫けない!」


「ありえないって言われてもな……」


 アルゴは跳び跳ねて魔剣を振る。

 邪竜の体がまた傷ついた。


 邪竜は信じられないといった様子だが、邪竜の体は実際に傷ついている。


 アルゴは邪竜を殺す方法を体得したのだ。

 切っ掛けはエマ。

 エマと共に湖で泳いだ時、アルゴは取っ掛かりを掴んだ。

 だが、それ以降停滞を感じていた。


 それが、ここにきて開花した。

 ずっと鬱々としていたものが消え去った気分だった。


 明鏡止水。


 曇り一つない、澄みきった世界。


 同時に、全てが見えた。全てを理解した。


 万物には綻びが存在する。知覚できないだけで、確実に存在するのだ。

 今のアルゴには、その綻びが見えている。

 そして理解している。綻びをどのように突けば、それを破壊できるのかを。


 この世に永遠は存在しない。どんな生物もいつかは死ぬ。

 それは、永遠に近い時を生きる邪竜とて例外ではない。

 永遠に近い、と永遠は同義ではない。

 邪竜ですら、いつかは死ぬ。


 それがこの世界の絶対の理。


 この世の理に縛られた存在であるならば、アルゴに殺せぬ道理はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ