81.魔剣
翌日。夜明け前。
天井の水晶が弱い光を放ち始めた頃、アルゴは目覚めた。
目を擦り、ゆっくりと起き上がった。
その後、誰にも気づかれぬように静かに外へ出た。
澄んだ外の空気を吸い、一言発した。
「行くか」
この時間、レーン家の者たちはまだ眠っている。
アルゴは誰にも言わずに行くつもりだった。
と思っていたのだが、後ろから声を掛けられた。
「行くのか?」
シュラだった。
シュラだけは、アルゴの行動を予想していた。
シュラは家の壁に背を預けた状態で、アルゴに顔を向ける。
アルゴは答える。
「はい」
「行けば死ぬぞ?」
「死にません」
「勝算があるのか?」
「あります」
シュラは数秒間黙り込むが、やがて口元を緩めた。
「カカッ。まったく、お前さんには驚かされる」
「すみません」
「ほれ」
シュラはアルゴに向かって剣を放り投げた。
アルゴは受け取る。
シュラに渡されたのは鞘に仕舞われた直剣。
アルゴは鞘から剣を抜き、鋼の輝きを確かめた。
「これは……」
「魔剣ヴォルフラム」
「これを俺に?」
「ああ、やるよ」
「いいんですか?」
「いいぜ。それともなにか、まさか丸腰で行くつもりか?」
「い、いえ……。感謝します」
「その代わり約束だ。絶対に帰ってこい。エマを―――悲しませるんじゃねえ」
アルゴはシュラを見据えて答える。
「はい」
「カカッ、いい気迫だ。エマにはうまく誤魔化しておくからよ、なるべく早く帰ってこい」
「はい、ありがとうございます」
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森を抜けて、渓谷に辿り着いた。
切り立った崖の間に川が流れている。
川の幅は二十メートルといったところか。
浅い川だった。深さは膝下程度。
この川を下っていけば、邪竜の住処に辿り着くらしい。
大きな岩が所々に存在する。
岩から岩へと飛び移りながら川を下っていく。
今のところ順調。この調子なら今日中に邪竜と対峙できるだろう。
と思っていると、前方にて敵影あり。
全身黒い鱗に覆われた二足歩行の魔物。
蜥蜴と人が混じったような姿。
邪竜の眷属、イビルリザードマン。
イビルリザードマンは、右手に反り返った刀身の剣、左手に小型の盾を装備していた。
「ギイギイッ!」
イビルリザードマンは威嚇するように鳴き、アルゴへと襲い掛かる。
イビルリザードマンの剣が振るわれるが、アルゴは余裕で躱した。
アルゴは魔剣を抜き、イビルリザードマンの右手首を斬りつける。
今まで味わったことのない斬れ味だった。
魔剣は黒い鱗を無視し、イビルリザードマンの手首を斬り落とした。
「ギッ!?」
イビルリザードマンは驚愕している。
「すごいな……」
アルゴは魔剣の刀身を見つめていた。
魔剣の刀身は美しく輝いている。
魔剣とは、刀身に魔力が込められた剣の総称であり、通常の剣と比べ格段に斬れ味が鋭い。
加えて、刃こぼれすることは殆どなく、錆びたり劣化することもない。
古の名工たちが鍛え上げた剣で、現代の技術では再現することは不可能と言われている。
アルゴが魔剣の斬れ味に感心していると、イビルリザードマンがようやく衝撃から復帰した。
「ギギッ!」
イビルリザードマンは左手の盾を前に突き出した。
アルゴはイビルリザードマンを見なかった。
魔剣を見つめながらイビルリザードマンの盾を躱し、流れるように回転斬りを繰り出した。
イビルリザードマンの首が飛ぶ。
やはり一太刀。
黒い鱗など無いかのように、魔剣はイビルリザードマンの首を斬り落とした。
アルゴは改めて感謝した。
「シュラさん、ありがとうございます」
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その後も川を下り続けた。
随分と下ったように思うが、まだ邪竜の元まで辿り着けていない。
理由は分かっている。思ったほど進めていないからだ。
「ギイギイッ!」
「ギイッ!」
「ギギッ!」
その原因はこいつらだ。
イビルリザードマンが次から次へと襲い掛かってくる。
「ふぅ……めんどうだな……」
イビルリザードマンは邪竜の紋章を持つ者を襲う事はない。
主の餌を奪う下僕はいない。
だがアルゴは主の餌ではない。
そのため、イビルリザードマンたちは本能を剥き出しにして襲い掛かってくる。
面倒だった。ただただ面倒だった。
イビルリザードマンはアルゴの敵ではなかった。
弱い。弱いくせに立ち向かってくる。
勇気とは違う。蛮勇。もっと言えば頭が悪い。
そんなことを考えながら戦い続けた。
駄目だ。余計なことを考えるな。剣が鈍る。
いつもならもっと無心で戦えていたはずだ。
焦燥。
エマを助けたい。早くメガラの元に帰りたい。
それらがアルゴを焦らせる。
アルゴは、前方に居るイビルリザードマンたちに背を向けて走り出した。
少し走り、イビルリザードマンたちと距離を取る。
目を閉じる。
足で川の流れを感じる。
耳をすませば聞こえる。
川の流れる音。鳥の鳴き声。小さな虫の羽音。
自然を感じ、全ての負の感情を排除する。
曇り一つなく、全ての負の感情が水のように流れていく。
目を開けた。
目を開けた瞬間、別世界に放り込まれたと錯覚した。
だが間違いなく同じ世界だ。
見え方が違うだけ。しかし、なにもかもが見えた。
世界の法則さえも見えているような気がする。
「ギギッ!」
イビルリザードマンたちが目前まで迫っていた。
アルゴは焦らない。
もう負の感情は湧いてこない。
魔剣を振った。
たった一振り。それも、軽く振っただけ。
だがその結果を目にすれば、誰もが驚くだろう。
イビルリザードマンの盾が裂けた。盾と同時に、イビルリザードマンの体も裂けた。
イビルリザードマンは一瞬で絶命した。
一瞬で敵を殺せるのなら、全滅させるのにそう時間は掛からないだろう。
「悪いけど、急いでいるんだ」




