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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第三章

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80.黒い紋様

 その日の朝、レーン家の者たちとアルゴは居間に集まっていた。

 居間に集まるのはいつものこと。

 この家では全員で朝食を食べる。


 しかし、机の上に朝食はない。


 アルゴは、エマの顔を覗き見た。

 エマの表情には、絶望の色が浮かんでいた。

 いつもの明るいエマはどこにもいない。


 エマ同様に、レーン家の者たちの表情は暗い。


 これには当然理由がある。


 エマの首もとに黒い模様が浮かんでいた。

 蛇がとぐろを巻いているような模様だった。

 昨日までなかったはずだ。


 アルゴはシュラから説明を受けた。


 このダンジョンには竜が存在する。

 竜の名はエレボロアス。

 災厄の竜と呼ばれる邪竜である。


 遥か昔、この集落の祖先たちと邪竜は契約を交わした。


 契約の内容は、一定の周期ごとに邪竜に供物を差し出せば、邪竜は集落を襲わない、というもの。

 邪竜は考えたのだ。

 集落の者たちから一遍に奪うより、定期的かつ恒常的に奪っていった方がおいしいと。


 祖先たちは契約を交わさざるを得なかった。

 契約を交わさなければ滅ぼされる。ならば選択肢はない。


 供物とは生贄。

 生贄とは、集落の者の命。


 生贄は約五十年の周期で邪竜に差し出さなければならない。

 差し出す生贄は誰でもよいわけではない。

 邪竜の紋章が現れた者。その者の命をひと月の内に、邪竜に差し出さなければならない。


 邪竜の紋章は、今まさにエマの首もとに現れていた。


 居間に沈黙が流れていたが、やがてシュラがぽつりと言った。


「それにしても早すぎる。前回から二十年とたってねえはずだが……」


 邪竜は普段は眠りについているが、一定の周期で目を覚ますらしい。

 その周期が約五十年といわれているのだが、今回は随分と間隔が短い。


 シュラ以外のレーン家の者たちは誰も口を開かなかった。


 アルゴは思ったことを控えめに尋ねた。


「あの……その邪竜、退治することはできないんでしょうか?」


 シュラが答える。


「無理だ。竜は最強の生物。やつの硬い鱗はどんな魔術も防ぐ。どんな武器も通らない。まず勝ち目がない……ってのものあるが、そもそも俺たちは契約に縛られている」


 疑問を浮かべるアルゴにシュラは続ける。


「俺たちこの集落の者は、邪竜に逆らえない。そういう契約だ。契約に従わなければ、俺たちは死滅する」


 シュラは言った。

 この集落の者は、と。

 ならば、言う事は一つだ。


「俺が退治します」


 アルゴはそう宣言した。


 レーンの家の者たちは、信じられないといった様子でアルゴを見ている。


 シュラは尋ねる。


「正気か?」


「はい」


 ルイサが声を上げた。


「む、無茶よ! 殺されるだけだわ!」


 ヴァンがルイサに賛同する。


「そ、そうだ。落ち着いて考えるんだ」


「俺は落ち着いてます。無茶でもありません」


 アルゴはそう言ってエマを見据える。


「エマ、大丈夫。俺がやるから」


 エマは驚いた様子でアルゴを見ていたが、やがて首をゆっくりと横に振った。


「駄目だよアルゴ。わたし、アルゴに死んで欲しくない。だから……やめて」


「でもエマ」


「やめてって言ってる!」


「―――ッ!?」


 エマの怒声にアルゴはたじろいでしまった。

 怒りの形相を浮かべるエマ。こんなエマは初めて見た。


 エマは立ち上がると、この場から走り出した。


 アルゴは何も言う事ができなかった。


 どうして……。


 言葉を失うアルゴに、ルイサは優しく声をかけた。


「アルゴくん、君の気持ちはエマも分かっているわ。けど、自分のことを大切にして。私たちは、それを望んでいるわ」


「……はい」


 アルゴはゆっくりと立ち上がった。


「俺、エマに謝ってきます」


 アルゴはそう言って歩き出した。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 

 アルゴは二階に上がり、エマの部屋の前で立ち止まった。

 小さくノックをして声をかける。


「エマ……いいかな?」


 返事はなかった。

 それでもアルゴは続けた。


「さっきはごめん。エマの気持ちを考えることができなかった」


 それだけ言うとアルゴは体を翻し、この場から離れようとした。


「アルゴ」


 アルゴの足が止まる。

 アルゴは続きを待った。


「わたしの方こそ……ごめん」


「エマが謝る必要は……ないよ」


「いいや、わたしちゃんと謝らなきゃ。昨日のこともごめん。昨日、アルゴを困らせるようなこと言って……ごめん。わたし、感じわるかったよね?」


「気にしないで」


「怒ってない?」


「まったく」


「……よかった」


 エマは深く息を吐いて安堵した。


「エマ、あのさ、俺は本当に感謝してるんだ」


「感謝?」


「うん。ここでの生活はすごく楽しかった。それは全部エマのお陰だよ。正直言うと、ずっとここにいてもいいかなって、そう思うこともあったんだ。それぐらい……楽しかったんだ」


「アルゴ……それなら、もう一度言ってもいいかな?」


「いいよ」


「ずっと、ここにいなよ」


「それは、できない」


 アルゴの返事を聞いてエマは大きく溜息を吐いた。

 そして、わずかに笑った。


「こういう時ぐらい、優しくしてよ」


「ごめん」


「もう」


 エマは一呼吸してアルゴに言う。


「地上に戻っても、わたしのこと忘れないでね」


「……勿論」


「約束だよ?」


「うん、約束だ」


 アルゴは固く誓った。

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