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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第三章

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78.流水の如く

 朝食後は、いつものようにエマの修行に付き合う予定だった。

 だがエマは、今日は修行をするつもりはないようだ。


 エマはアルゴの腕を引っ張りながら湖を目指していた。

 エマの右手はアルゴの左手首を掴んでいる。

 エマの左手には釣り竿が握られていた。


 今日は修行ではなく釣りをするらしい。

 しかも、食料確保のためではなく、ただの遊び。


 エマに腕を引っ張られながらアルゴは思う。


 エマに気を使わせてしまっているな。


 と思い、アルゴは尋ねる。


「エマ、修行は本当にいいの?」


「いいのいいの! たまには息抜きも必要!」


「……ごめん、エマ」


 とアルゴが呟くと、エマは身を翻してアルゴの頬を右手で鷲掴みにした。


「わたしが遊びたいから遊ぶの! 謝る必要なし! 分かった?」


「わ、わかっは……」


 アルゴが息を漏らすようにそう返事すると、エマはようやく右手をアルゴの頬から離した。


「分かればよし!」


 エマは満面の笑顔を見せ、前を向き歩き出した。


 湖に到着すると、エマはさっそく釣糸を垂らした。


「見ててね、すぐ食いつくから」


 自信満々のエマ。

 しかし、一向に釣れる気配がなかった。


「なんで!?」


 エマは不思議そうな顔で湖を見つめ「おかしいなー」と言って頭を掻いている。


「今日はちょっと調子わるいみたい。まあこういう日もあるわよね。よし、次はアルゴの番!」


 そう言ってエマは、釣り竿をアルゴに差し出した。


「俺、釣りなんてやったことないけど……」


「大丈夫大丈夫。簡単だよ」


 エマの言う通り簡単だった。

 釣り糸を湖に垂らすだけ。以上。

 難しいことはなにもない。

 ただし、釣れるかどうかは別だが。


 アルゴもまた、エマ同様に釣れる気配がなかった。


 それも当然。何故なら、この辺りには魚の気配がない。

 生物の気配に敏感なアルゴにはそれが分かった。


 場所が悪いな……。


 アルゴは場所を変更することをエマに提案しようとした。

 しかし、隣にいたはずのエマがいない。


「あれ?」


 アルゴが不思議に思っていると、後ろから大声が聞こえた。


「エマ・レーン、いきます!」


 そう叫び、エマは走り出した。

 湖の方へと。

 アルゴの横を突っ切り、湖の縁で飛び跳ねた。


 エマは湖に向かって大ジャンプ。

 数舜後、水しぶきが上がりエマは着水。


「エマ!?」


 エマの奇行にアルゴは目を丸くする。


 エマはアルゴの戸惑いと心配をよそに、湖を優雅に泳ぎ始めた。


「あー、気持ちー。やっぱり泳ぐのって楽しい」


「エマ! 大丈夫なの!?」


「大丈夫! アルゴも来なよ! 楽しいよ!」


「俺、泳げないし!」


「教えてあげるから!」


 そう叫び、エマは泳ぎながらアルゴの方へ近づく。


「いや、俺はいいよ」


「もう、心配性なんだから」


 エマは軽く溜息を吐くと湖から上がり、アルゴの右手を掴んだ。


「ほら、行くよ」


「い、いいって俺は」


「だーめ」


 エマは湖に飛び込んだ。

 アルゴの右手を掴んだまま。


 着水して、アルゴはすぐに危機感を覚えた。


 思ったよりも深い。

 足がつかない。

 まずい、このままでは。


 溺れる、と思った瞬間、体が浮く感覚。


「落ち着いて」


 エマがそっと囁いた。

 エマは後ろからアルゴの腰に両腕を回し、立ち泳ぎをしている。

 エマの泳ぎの才は本物だった。


「怖がらないで体の力を抜いて。大丈夫、水は敵じゃない」


「う、うん……」


 エマに言われた通り体の力を抜いた。


「そうそう、いい感じだよ」


 浮力を感じ少し戸惑うが、もう大丈夫だった。


 水温は心地のよい温度だった。

 適度に冷たい水が心を静めてくれる。


 天井には光輝く水晶。眩い光に目を細めた。


 アルゴは仰向けで湖に浮いていた。

 体の力を完全に抜いて、ただ浮いていた。

 沈まないように手足をゆっくりと動かしながら、流れにまかせて湖を漂う。


 安らぎを感じた。

 全身で自然を感じた。

 自然と一体化する感覚。

 今はただ、こうして浮かんでいたい。

 余計なことはすべて頭から追い出した。


 この瞬間、アルゴは新たな領域に足を踏み入れた。

 一切が排除された、澄みきった世界。

 曇り一つなく、全ての負の感情が水のように流れていく。

 そのような心持。


「これが……明鏡止水……」


 アルゴはついに掴んだ。

 これこそが求めていた答えだ。


 と確信を得た瞬間、エマの囁くような声が聞こえた。


「上手だよ」


 その声にアルゴはビクッと反応した。

 すっかりエマの存在を忘れていた。

 そして思った。


 近いな……。


 エマはアルゴに対し体を密着させ、アルゴの横顔を見つめている。


「別の泳ぎ方も教えてあげるね」


 アルゴはエマの提案を断ろうとした。

 もう少し集中していたい。そうすれば、完全に明鏡止水を体得できるかもしれない。

 今さっきのはたまたま。己の意思で、あの領域に足を踏み入れることはできない。


 と思ったが、エマの瞳を覗き込んでいると、自然と言葉がついて出た。


「うん、ありがとう」

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