8.雨天
翌日、アルゴは雨の音で目を覚ました。
硬い床から起き上がり、窓から外を眺める。
「うわ、けっこう降ってるな」
降りしきる雨が、地面を激しく打ち付けている。
土の地面はぬかるみ、あちこちに水溜まりができていた。
アルゴは軽く伸びをして、ベッドの方へ視線を向けた。
ベッドには、静かに眠るメガラの姿。
半裸の状態で眠るメガラであったが、起伏の乏しい幼児体型なので、アルゴは少しも動揺しなかった。
アルゴは、ベッドに近付いてメガラの肩を揺すった。
「メガラ、起きて」
メガラは起きない。
「メガラ、メガラってば」
「……う?」
ようやく起きた。メガラは朝に弱いのだ。
「ん……朝……か」
「そう、朝だよ。さあ、準備して早くこの村から離れよう」
「そう……だな……ん?」
メガラは、窓へ視線を向けた。
「どうしたの?」
「雨だ! 雨が降っているではないか!」
「うん。そうだけど?」
「それを早く言わんか!」
メガラはそう言って、素早く立ち上がった。
それから慌ててローブを身に纏い、その後、一階へと通じる階段を駆け下りた。
「な、なにをそんなに……」
一人残されたアルゴはそう呟き、メガラのあとを追いかけた。
メガラは外に出ていた。雨に打たれ、全身ずぶ濡れとなっている。
そして、メガラの足元には桶が置かれていた。
雨で重くなった水色の髪をかき上げ、メガラは言う。
「これは助かる。まさに恵みの雨だ。ちょうど飲み水が切れそうだったのだ」
「ああ……そういうこと」
「そういうことだ」
メガラはそう言って、扉を開けて家の中に戻っていった。
メガラのあとを追いかけ家の中に戻ったアルゴは、メガラに声をかける。
「で、溜まったら出発?」
メガラは、濡れた長い髪を絞りながら答える。
「お前は意外とせっかちだな。余とて、一早く目的の地へ行きたいさ。だがな、何事にも機というものがある。出発する時機は、雨の状況を見て考える」
「えー」
「えー、とはなんだ」
「人の死体に魔物の死骸。こんなとこ、早く離れたいに決まってるじゃないか。というか、この臭いはキツイ」
「ふむ……」
メガラは、小さく唸りながら考える。
アルゴの言う通り、臭いは厄介な問題だった。
昨日、死体は全て燃やしたが、それでも腐臭が漂っている。
燃やした分多少はマシだが、焦げ臭さと腐臭が合わさった臭いは、吐き気を催すほどだ。
そう思いつつ、メガラは騎士に試練を課すことにした。
「アルゴよ、余の騎士ならば、こういったことには今の内に慣れておくことだ」
「えー」
「えー、じゃない」
メガラは嘆息して、アルゴの尻を軽く叩いた。
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雨は降り続けている。雨脚は強い。一向に止む気配はなかった。
住居の一階で、アルゴは魔物の死体を担ぎ上げた。
それは昨日、血抜きだけ済ませておいた魔物の死体だった。
死体を調理台に寝かせ、短剣を構える。
慣れない手つきで、適当に短剣を死体の腹に入れた。
そして、聞きかじった知識を頼りに工程を進めていく。
こぼれ落ちる内臓を掻き出したあと、皮を剥ぐ。
それから、肉を小切りに切断。
「メガラー! 準備できたよー!」
とアルゴが叫ぶと、階段を踏みしめる音が聞こえた。
メガラが二階から降りてきた。
「出来たか」
メガラはそう言うと、人差し指を立て、魔術を発動した。
メガラの人差し指から五センチほど先に、小さな炎が出現。
メガラはその炎で竈の薪を燃やした。
次第に薪が激しく燃え上がり、準備は整った。
「いいぞ」
メガラはそう言って、アルゴに許可を出した。
アルゴは、切り分けた肉を竈に設置された鉄鍋に乗せていく。
肉が焼ける香ばしい匂いが立ち込めた。
肉汁が鉄鍋に広がり、油が弾ける音が響いた。
ごくりと、アルゴは唾を飲み込んだ。
「うまそう……」
「ふむ。ではアルゴよ、一つ食べてみるがよい」
「じゃ、じゃあ、遠慮なく」
「うむ」
アルゴは短剣で肉を刺して、それを口元に運ぶ。
「あ、あつッ!」
熱に苦戦しながら、肉を噛みしめる。
噛み応えのある肉をアルゴは咀嚼する。
そして、ポツリと感想を言う。
「……まずい」
「フッ」
メガラが笑った。
アルゴはメガラに問う。
「何これ?」
「肉だ」
「いや、それは分かるけど不味すぎる。土みたいな味だし、硬すぎる」
「それこそが魔物肉の特徴だな。食用には向いていないのだ」
「早く言ってよ……」
「アルゴよ、何事も経験してこそだ。それに―――」
メガラはアルゴから短剣を奪い、その短剣で肉を刺した。
それから、肉を口に運ぶ。
「肉は肉だ。こんなものでも腹は膨れる」
「まあ、そうだけど……」
「さあ、残さず食え。次はいつ肉にありつけるのか分からんぞ」
「う、うーん」
「アルゴ」
「わ、分かったよ……」
アルゴは渋々ながらも、肉を頬張り続けた。