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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第三章

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73.棒振り

 天井から降り注ぐ暖かな光。

 その光を浴びながら、アルゴとエマは森の中を歩いていた。


「ねえ、アルゴ! 冒険者についてもっと教えて!」


 相変わらず、エマとの質疑応答が継続中。


「あー、詳しく話せるほど俺も知らないんだ。さっきも言ったけど、ダンジョンに潜って魔物を狩ったり、貴重な物を外に持ち帰る人たち。これ以上のことは言えないよ」


「うーん、分かんないんだよね。なんでそんなことするの?」


「なんでって……ルグを稼ぐためかな」


「ルグ?」


 そこからか。

 内心げんなりしたが、顔に出すことはしなかった。

 エマには親切にしてもらっているのだ。

 ならば、自分の出来る範囲で恩を返さねば。


 アルゴはざっくりとルグについて説明をした。

 ルグとは通貨の単位で、通貨とは、それ自体に価値があり、同じ価値の物と交換することができる加工された金属。

 と説明したが、エマは腑に落ちない顔をしていた。

 だが、質問を重ねられることはなかった。

 理解できなさずぎて、何を質問するべきか迷っている。

 そういった表情だった。


 アルゴは、密かに胸を撫でおろした。

 これ以上質問されても答えられない。

 教会で教えられたことをそのまま伝えただけなのだから。


「まあルグのことはいいや。それより、冒険者よ! ここはダンジョンよね? だけどわたし、冒険者を見たことがないわ! 変じゃない? なんで冒険者はここにこないの?」


「それは、ここがダンジョンであると同時に、誰も近づけない島だからじゃないかな? 霧の島って言うらしいけど……」


「島? 島ってなに?」


 うーむ。

 アルゴは頭を悩ました。


 島って何なんだろう?

 そこで気付いた。知っていることと、説明できることはまったくの別物だと。


 悩むアルゴだったが、次の瞬間、その悩みを脇に放り捨てた。


 気配を感じた。

 魔物の気配だ。

 気配は一つではない。複数だ。


 魔物はこちらに意識を向けていない。

 別の何かに意識を向けている。

 何かに狙いを定めているような、そういった気配。


 アルゴは焦った。

 もし魔物の狙いがエマのお爺さんだったのなら、助太刀しなければ。


「エマ、ごめん!」


 そう言うと同時に、アルゴはエマを担ぎ上げた。

 エマの腰に腕を回し、右肩にエマの腹を乗せる。


「ちょ、ちょっと!」


「ごめん、急ぐ!」


 狼狽えるエマをよそに、アルゴは腰を屈めた。


「舌を噛むといけない! 口を閉じてて!」


 そう叫び地面を蹴る。


「えっ―――」


 加速。エマは、これほど強い加速度を感じたのは初めてだった。


 疾走。アルゴは、エマを担ぎ上げたまま森を駆けた。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 森を駆ける。

 前方に魔物。


 緑色の肌をした人型の魔物。ゴブリン。

 ゴブリンは、石と木の棒と縄で作り上げた斧を握り、目標へと狙いを定めていた。

 ゴブリンの数は四体。


 そのゴブリンたちの狙いは、魔族の老人。

 ツノの生えた白髪の老人で、目を閉じて胡坐をかいている。


 老人は目を閉じてじっとしている。

 ゴブリンたちの存在には気付いていないようだ。


 アルゴは走り続けた。

 エマに確認するまでもない。あの老人がエマの祖父だろう。


 老人は動かない。

 アルゴは焦る。老人との距離が遠い。

 このままでは間に合わない。


 アルゴは叫び声を上げようとした。

 しかし、その必要はなかった。


 老人は傍に置いてある剣を握ると、ゆっくりと立ち上がった。

 老人らしいゆっくりとした動き。

 だが、剣を振る速度だけは、常識から外れていた。


 一瞬の内に四度剣を振った。

 並みの人間には捉えることが不可能な老人の剣筋。


 老人が剣を鞘に収めると同時に、ゴブリンたちの胴体に切れ目が入った。

 スッ、とゴブリンたちの胴体がずれ、ボトッと地面に落ちた。

 四体のゴブリンは完全に死亡した。


 神速とも言える老人の剣技。

 アルゴは驚いていた。見惚れたといってもいい。

 これほどの技をこの目で見れたことは、幸運なのかもしれない。


 老人はアルゴの存在に気付いた。


「おんやぁ……そこにいるのは……」


「爺ちゃん!」


 エマは駆けながら叫んだ。


「おいおいエマ、ここは危険だから来ちゃいけねえって、前にもいったじゃねえか」


「大丈夫! アルゴと一緒だったから!」


「アルゴ? ……ああ、そっちの人はアルゴっていうのかい?」


 老人は、そう言ってアルゴの方へ顔を向けた。

 老人の目は閉じられたままだった。


 アルゴは気付いた。

 この老人は盲目なのだと。


「初めまして、アルゴです。地上からやって来ました」


「ほほう、こいつは驚いたなあ。地上の人間と会うのは何十年ぶりかねえ」


 老人は顎を擦りながらそう言った。

 目は閉じているが、しげしげとアルゴを眺めるような所作。

 まるで、アルゴの姿が見えているかのようであった。


 アルゴのことを黙って見つめる老人に、エマが明るく言い放った。


「爺ちゃん、アルゴが困ってるよ!」


「おっと、これはすまねえ。俺はシュラだ。地上の人、これからもエマと仲良くしてやってくれ」


「はい、それは勿論。それでいきなりですが、教えて欲しいことがあります」


「ああ、だろうねえ」


「え?」


「まあ慌てなさんな、地上の人よ。俺はこの通り目が見えねえがよ、読み取ることはできる。目が見えねえ代わりに他が敏感でね、お前さんが今どういう表情をしているか、何を考えているか、何となく分かるぜ」


 シュラに対し感じていた違和感の正体はこれだ。

 見えていないのに見えている。アルゴは、そんな風に感じていた。

 シュラの発言に納得しつつ、それならば話が早いとも思った。


「じゃ、じゃあ―――」


「待て待て。俺の知っていることなら教えてやるさ。それは約束しよう。だけど、せっかくじゃねえか」


 シュラはそう言って周囲を見回した。

 顔をゆっくりと動かしていき、ある一点で止めた。

 その後、飛び上がって剣を振る。


 剣が太い枝を斬り、枝は地面に落下。

 落下中に枝が二つに別たれ、余計な部分が削ぎ落ちていく。


 二つの枝は落下しながら、真っ直ぐで余計な箇所のない木の棒となっていった。

 地面に落ちた二つの木の棒。

 シュラはその棒を拾い上げ、片方をアルゴへ放り投げた。


「それ」


「―――とっ」


 アルゴは反射的に木の棒を掴んだ。


「お前さんも男の子だろう? まさか棒振りごっこが嫌いなわけはあるまい?」


 アルゴは、どう反応するべきか迷った。

 こんなことして何になる。

 こんなことより早くドラゴンフライについての情報が欲しい。

 と思ったが、シュラの機嫌を損ねたら終わりだ。

 他に縋るものがないのだから。


「分かりました。約束ですよ?」


「おう、男に二言はねえ。ああ、それとな、盲目のジジイだからって手を抜くなよ。じゃねえとお前さん―――死ぬぜ?」


 シュラから放たれる絶大な気迫。


 アルゴは確信する。

 シュラの宣言通り、本気でやらなければ殺される。


 シュラが握る棒切れが名剣に見えた。

 それほどの殺気と気迫だった。

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