73.棒振り
天井から降り注ぐ暖かな光。
その光を浴びながら、アルゴとエマは森の中を歩いていた。
「ねえ、アルゴ! 冒険者についてもっと教えて!」
相変わらず、エマとの質疑応答が継続中。
「あー、詳しく話せるほど俺も知らないんだ。さっきも言ったけど、ダンジョンに潜って魔物を狩ったり、貴重な物を外に持ち帰る人たち。これ以上のことは言えないよ」
「うーん、分かんないんだよね。なんでそんなことするの?」
「なんでって……ルグを稼ぐためかな」
「ルグ?」
そこからか。
内心げんなりしたが、顔に出すことはしなかった。
エマには親切にしてもらっているのだ。
ならば、自分の出来る範囲で恩を返さねば。
アルゴはざっくりとルグについて説明をした。
ルグとは通貨の単位で、通貨とは、それ自体に価値があり、同じ価値の物と交換することができる加工された金属。
と説明したが、エマは腑に落ちない顔をしていた。
だが、質問を重ねられることはなかった。
理解できなさずぎて、何を質問するべきか迷っている。
そういった表情だった。
アルゴは、密かに胸を撫でおろした。
これ以上質問されても答えられない。
教会で教えられたことをそのまま伝えただけなのだから。
「まあルグのことはいいや。それより、冒険者よ! ここはダンジョンよね? だけどわたし、冒険者を見たことがないわ! 変じゃない? なんで冒険者はここにこないの?」
「それは、ここがダンジョンであると同時に、誰も近づけない島だからじゃないかな? 霧の島って言うらしいけど……」
「島? 島ってなに?」
うーむ。
アルゴは頭を悩ました。
島って何なんだろう?
そこで気付いた。知っていることと、説明できることはまったくの別物だと。
悩むアルゴだったが、次の瞬間、その悩みを脇に放り捨てた。
気配を感じた。
魔物の気配だ。
気配は一つではない。複数だ。
魔物はこちらに意識を向けていない。
別の何かに意識を向けている。
何かに狙いを定めているような、そういった気配。
アルゴは焦った。
もし魔物の狙いがエマのお爺さんだったのなら、助太刀しなければ。
「エマ、ごめん!」
そう言うと同時に、アルゴはエマを担ぎ上げた。
エマの腰に腕を回し、右肩にエマの腹を乗せる。
「ちょ、ちょっと!」
「ごめん、急ぐ!」
狼狽えるエマをよそに、アルゴは腰を屈めた。
「舌を噛むといけない! 口を閉じてて!」
そう叫び地面を蹴る。
「えっ―――」
加速。エマは、これほど強い加速度を感じたのは初めてだった。
疾走。アルゴは、エマを担ぎ上げたまま森を駆けた。
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森を駆ける。
前方に魔物。
緑色の肌をした人型の魔物。ゴブリン。
ゴブリンは、石と木の棒と縄で作り上げた斧を握り、目標へと狙いを定めていた。
ゴブリンの数は四体。
そのゴブリンたちの狙いは、魔族の老人。
ツノの生えた白髪の老人で、目を閉じて胡坐をかいている。
老人は目を閉じてじっとしている。
ゴブリンたちの存在には気付いていないようだ。
アルゴは走り続けた。
エマに確認するまでもない。あの老人がエマの祖父だろう。
老人は動かない。
アルゴは焦る。老人との距離が遠い。
このままでは間に合わない。
アルゴは叫び声を上げようとした。
しかし、その必要はなかった。
老人は傍に置いてある剣を握ると、ゆっくりと立ち上がった。
老人らしいゆっくりとした動き。
だが、剣を振る速度だけは、常識から外れていた。
一瞬の内に四度剣を振った。
並みの人間には捉えることが不可能な老人の剣筋。
老人が剣を鞘に収めると同時に、ゴブリンたちの胴体に切れ目が入った。
スッ、とゴブリンたちの胴体がずれ、ボトッと地面に落ちた。
四体のゴブリンは完全に死亡した。
神速とも言える老人の剣技。
アルゴは驚いていた。見惚れたといってもいい。
これほどの技をこの目で見れたことは、幸運なのかもしれない。
老人はアルゴの存在に気付いた。
「おんやぁ……そこにいるのは……」
「爺ちゃん!」
エマは駆けながら叫んだ。
「おいおいエマ、ここは危険だから来ちゃいけねえって、前にもいったじゃねえか」
「大丈夫! アルゴと一緒だったから!」
「アルゴ? ……ああ、そっちの人はアルゴっていうのかい?」
老人は、そう言ってアルゴの方へ顔を向けた。
老人の目は閉じられたままだった。
アルゴは気付いた。
この老人は盲目なのだと。
「初めまして、アルゴです。地上からやって来ました」
「ほほう、こいつは驚いたなあ。地上の人間と会うのは何十年ぶりかねえ」
老人は顎を擦りながらそう言った。
目は閉じているが、しげしげとアルゴを眺めるような所作。
まるで、アルゴの姿が見えているかのようであった。
アルゴのことを黙って見つめる老人に、エマが明るく言い放った。
「爺ちゃん、アルゴが困ってるよ!」
「おっと、これはすまねえ。俺はシュラだ。地上の人、これからもエマと仲良くしてやってくれ」
「はい、それは勿論。それでいきなりですが、教えて欲しいことがあります」
「ああ、だろうねえ」
「え?」
「まあ慌てなさんな、地上の人よ。俺はこの通り目が見えねえがよ、読み取ることはできる。目が見えねえ代わりに他が敏感でね、お前さんが今どういう表情をしているか、何を考えているか、何となく分かるぜ」
シュラに対し感じていた違和感の正体はこれだ。
見えていないのに見えている。アルゴは、そんな風に感じていた。
シュラの発言に納得しつつ、それならば話が早いとも思った。
「じゃ、じゃあ―――」
「待て待て。俺の知っていることなら教えてやるさ。それは約束しよう。だけど、せっかくじゃねえか」
シュラはそう言って周囲を見回した。
顔をゆっくりと動かしていき、ある一点で止めた。
その後、飛び上がって剣を振る。
剣が太い枝を斬り、枝は地面に落下。
落下中に枝が二つに別たれ、余計な部分が削ぎ落ちていく。
二つの枝は落下しながら、真っ直ぐで余計な箇所のない木の棒となっていった。
地面に落ちた二つの木の棒。
シュラはその棒を拾い上げ、片方をアルゴへ放り投げた。
「それ」
「―――とっ」
アルゴは反射的に木の棒を掴んだ。
「お前さんも男の子だろう? まさか棒振りごっこが嫌いなわけはあるまい?」
アルゴは、どう反応するべきか迷った。
こんなことして何になる。
こんなことより早くドラゴンフライについての情報が欲しい。
と思ったが、シュラの機嫌を損ねたら終わりだ。
他に縋るものがないのだから。
「分かりました。約束ですよ?」
「おう、男に二言はねえ。ああ、それとな、盲目のジジイだからって手を抜くなよ。じゃねえとお前さん―――死ぬぜ?」
シュラから放たれる絶大な気迫。
アルゴは確信する。
シュラの宣言通り、本気でやらなければ殺される。
シュラが握る棒切れが名剣に見えた。
それほどの殺気と気迫だった。




