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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第三章

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67.海と森

 アルテメデス帝国直轄、東部領軍事防衛拠点。

 通称ヴィラレス砦。


 マティアス・アルヴェーンは、指令室へと通じる通路を進んでいた。

 マティアスの歩調に合わせて、白い毛がわずかに揺れる。

 人の毛ではない。獣の毛だ。マティアスは、狼の頭部を持つ獣人である。


 マティアスは指令室の扉の前で足を止め、軽く身なりを整えた。

 そして、軽く咳払いをして声を上げた。


「閣下! マティアスです!」


 マティアスがそう呼びかけると、中から反応があった。


「どうぞー!」


 マティアスは扉を開けて中に入った。


 羊皮紙にペンを走らせる音が聞こえた。

 その音は、クリストハルトが職務を全うしている証拠。


 マティアスは、執務机に齧りつくクリストハルトの姿を確認し、わずかに眉を持ち上げた。


 最近、クリストハルトの様子がおかしい。

 真面目に事務仕事をしているクリストハルトの姿を見るのは、何年ぶりだろうか。

 熱心に仕事に取り組む姿勢は是とされるべきだが、ことクリストハルトに関しては喜ぶべきか心配をするべきか、マティアスの胸中は少し複雑であった。


 クリストハルトは、視線を机に落としたままマティアスに尋ねた。


「それでマティアスくん、何か見つかったかい?」


「はっ。見つかったのは、二十代と思われる男と年老いたの男の死体です。……人族の少年と魔族の少女の死体はあがっておりません」


「ふーむ。よろしい、捜索を続けたまえ」


「あの……閣下」


「なにかな?」


「何故、その二人に拘るのでしょう? 閣下は何を気にされているのですか?」


「言っただろ? 彼らはヴァルナーくんを倒せるほどの実力者であり、アルテメデス帝国に対して反抗心を抱いている危険思想の持主。見過ごすわけにはいかないよ」


「それは……」


 それは嘘だ。

 マティアスはそう確信している。


 確かに、狂獣ヴァルナーを倒せるほどの実力は驚嘆に値する。

 しかし、それだけでは理屈に合わない。

 今まで黎明の剣という反抗勢力を放置してきたクリストハルトが、今は二人の子供の生死に拘っている。

 どう考えてもおかしい。 


 何かあるのだ。人族の少年と魔族の少女には何かがある。


「閣下、私にも……教えてくださらないのですね……」


「マティアス……」


 クリストハルトはペンを止めて述べる。


「この件は非常に大きな問題なんだ。私は私の勘を信じているが、確証は得られていない。だからもう少し、待っていてくれ……」


「……畏まりました。それが閣下の御意思ならば」


「ありがとう」


 クリストハルトは少しだけ笑い、その後、またペンを走らせた。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



「うっ……」


 アルゴは、ゆっくりと目を開けた。

 まず感じたのは、眩い日光。

 次に、舌の上でざらつく違和感。


「うっ……なんだこれ」


 渋い顔をして、口の中に入った異物を吐き出す。

 口には濡れた砂が入っていた。

 唾液と共に砂を追い出し、口元を手で拭った。


 その後アルゴは上体を起こし、周囲を見回した。


 波打つ海。白い砂浜。

 砂浜を挟んで海と反対の位置には森林。


 アルゴは、顔に着いた砂を払いながら立ち上がった。

 今アルゴが立っているのは砂浜。

 視線の先には、鬱蒼と樹木が生い茂る森林があった。


 見たところ、人の気配はない。

 周囲には誰一人いなかった。


 アルゴの心臓が飛び跳ねる。


 メガラがいない。メガラの姿を確認できない。


「メガラ!」


 と叫ぶが、それに応える者はいない。


 メガラはどこにいった?

 縄で自分とメガラの体を括りつけたはずだが、離れ離れになってしまった。


 アルゴは海の方へ視線を移した。


「嘘だろ……メガラ」


 メガラは海の中。そう考えるのが自然。

 荒波に揉まれ、縄がほつれてしまったのだろう。

 自分は運よくこの砂浜に流されたが、メガラはここまで辿り着けなかった。


 だとすれば、メガラが生存している可能性は……。


「い、嫌だ!」


 アルゴは海に向かって砂浜を駆けた。

 砂に足を取られながら走り、海に足を入れた。


 膝の位置まで海水に浸かった時、足を止めた。


「無理だ……」


 この広い海の中、泳げない俺が探せるわけがない。


 絶望。

 真っ暗な闇が押し寄せる。


 アルゴは膝から崩れ落ちた。

 海水が口に入り、不快な塩味を感じた。


「くそっ!」


 海水に思いっきり拳を叩きつけた。

 しかし、その行動は何も意味を為さない。


 落ち着くのだアルゴ。そして考えろ。

 周囲を観察し、打開策を探れ。

 お前の目と頭は、飾りではないのだろう?


 不意に、アルゴの頭にそんな台詞が響いた。

 メガラがここにいたら、きっとこんな風に言うのだろう。


「……わかったよ、メガラ」


 アルゴは、注意深く周囲を観察した。

 砂浜には船の破片と思われる木の板や、杭、鉄板が散らばっていた。

 その破片の中で、ある物を見つけた。


「縄だ……」


 その縄を拾い、よく観察する。

 縄の結び目には見覚えがあった。

 素人が結んだと思われる無茶苦茶な結び方。


 間違いない。

 これは、自分とメガラの体を括るときに使った縄だ。


 縄の結び目と反対の位置に、縄が切られた痕跡があった。

 鋭利な刃物で切り裂いたような切り口だった。


 これが何を意味しているのか。

 しっかりと考えてみる。


 ふむ、縄が刃物で切られているな。

 誰かが縄を切ったのだろう。

 では、何故切ったのか、それを考えよう。

 余とアルゴを引き離すため、あるいは余とアルゴの状態を確認するため。 

 そう予想しよう。

 しかしだ。お前はこの場に放置され、余はこの場にはいない。

 情報が少ないが、無理やり繋げてみよう。

 縄を切った何者かは、余だけに用があった。

 ゆえに、縄を切り、余をここから攫った。


「なるほど……」


 問題は、余がまだ生きているかどうかだな。

 アルゴよ、お前はどう思う?


「勿論、生きてるさ」


 アルゴは歩き出した。

 海の方ではなく、今度は森林の方へと。

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