7.暗闇に
「だから言ったじゃないか」
「勝ち誇るな。せめて、この危機を脱してからにしろ」
アルゴとメガラは、住居の二階に居た。
夜になり、就寝の準備を整えていた時だった。
なんとなしに、アルゴは窓から外を眺めた。
その時に気付いた。闇の中で蠢く、複数の影に。
その影の動きは素早かった。
人の動きではない。それは、獲物を狩ろうとする獣の動き。
影の正体は、四足歩行の魔物だった。
大きさは、人の子供より少し大きい程度だが、口元には鋭い牙が並んでいる。
おそらく、野盗を喰い殺したのはこの魔物たちだろう。
アルゴが懸念した通り、魔物たちが集落に戻ってきたのだ。
「やっぱこれって……この家を囲んでるよね?」
外を覗きながら、アルゴがそう言った。
「ああ、間違いない。奴らは、我々の存在に気付いている」
「なんで?」
「知らん。我らの臭いを辿ったか、何かに気付いたか。おそらく、そういう感覚に優れた魔物なのだろう」
「やっかいだな。それでどうする? ここに立てこもる?」
「それは悪手だろうな。飢えた獣は、獲物を絶対に逃さない。奴らは、しぶとく外に張りつくはずだ。持久戦は我らに不利。食料がないのだから、疲弊するだけ。時間は我らに味方をしない。ならば、今こそが戦う時だ」
「なるほど。でもそうなると……」
「そうだ。出番だぞ、我が騎士よ」
アルゴは、大きく溜息を吐いた。
「どうしても?」
「例えお前が行かなくても、我らは死ぬ。餓死という形でな。だったらせめて、戦った方がよかろう?」
アルゴは、また大きな溜息を吐いた。
「……だね」
アルゴは直剣を手に取り、階段を下りた。
「行くか」
と言って、外へと通じる扉を開けた。
まずは、臭いを感じた。
強烈な獣臭。それから腐臭。
「グルルルルッ」
魔物は、唸りながらアルゴに狙いを定めた。
魔物の数は五。
四足歩行で、鋭い双眸と鋭い牙。
犬のような顔をしているが、丸い耳と垂れ下がった瞼が、どことなく間抜けな印象を抱かせる。
「暗いなあ……」
暗くてよく見えない。月は出ているが、その月明かりは頼りない。
夜目が効く獣に有利な状況だった。
魔物たちは、ゆっくりと動きながら、アルゴに鋭い視線を向けている。
アルゴには分かった。
魔物の息遣いや、足音から予想できた。
夜の闇はアルゴに不利益をもたらしたが、アルゴには大した問題ではなかった。
次に魔物が動き出すタイミングが、手に取るように分かる。
どうして分かるのか、理由は分からない。
まあ、理由は別にいいか。
アルゴがそう考えた時、魔物は動いた。
鋭い牙を剥き出しにして、二体の魔物がアルゴへと接近。
アルゴも動き出した。
迫りくる二体の魔物へと駆けだし、魔物が眼前に迫った時、アルゴは跳んだ。
アルゴは剣を抜き、空中で体を横回転させた。
剣も合わせて回転し、鋼が闇の中で円を描いた。
魔物の赤い血が飛び散り、地面に魔物の頭部が二つ転がった。
一瞬で二体の魔物の首を刎ねたアルゴは、地面に着地し、間を置かずに次の行動を起こした。
魔物は残り三体。
アルゴは地面を蹴り上げ、一体の魔物の方へと急接近。
剣を振り、魔物の顎から頭頂部を両断。
これで、魔物は残り二体。
その内の一体の牙を身を捻り躱し、蹴りを魔物の顔面に放った。
アルゴの蹴りが直撃し、魔物は後方へと吹き飛ぶ。
アルゴは腰から短剣を抜き、その魔物へと投擲。
短剣は魔物の右目を貫き、脳へと突き刺さった。
残す魔物はあと一体。
最後に残った魔物は、他の個体とは違う動きをした。
魔物は、アルゴから距離を取り、闇の中に身を溶け込ませた。
「へー、結構かしこいな」
アルゴは素直に感心した。
血に飢えて理性を失った獣かと思いきや、案外、考えて狩りをするものなのだな。
自身がその狩りの標的になっているのにも関わらず、アルゴは他人事のように考えた。
アルゴに焦りは見られない。
焦る必要がなかった。
最早、見なくても分かる。この程度の魔物ならば、目を使う必要なんてない。
アルゴは目を閉じた。
視覚を遮断し、それ以外の感覚を研ぎ澄ませる。
聞こえる。魔物の荒い呼吸が。
肌に伝わってくる。魔物が動き、大気を震わす感覚が。
アルゴは体を正面に向けたまま、直剣を肩に担ぐようにして背後に突き出した。
直剣を通じ、肉を貫く感触が伝わってきた。
アルゴは目を開き、後ろを向いて直剣の切っ先へと目を向ける。
直剣は、魔物の首を貫いていた。
「ふう」
と息を吐いて、直剣を抜いて血を払った。
五体の魔物は、アルゴによって全滅。
アルゴは無傷。完勝だった。
「流石だ、我が騎士よ」
メガラはそう言って、小さく拍手しながらアルゴに近寄った。
「どうも、我が主さま」
「うむ、よくやった。さあ、危機は去った。今日はもう休むぞ」
「あー、悪いけど先に休んでて」
「何故だ?」
「何故って、そりゃあ……」
アルゴはそう返事し、周囲を見回した。
怪訝に思ったメガラは目を細め、闇の中で目を凝らす。
「んん?」
少し離れた位置、闇の中で、何かが鈍く光っている。
その数は、ざっと数えただけで二十は超える。
その正体は、魔物の双眸。
「まだまだ沢山いるから……」
「ば、馬鹿者! それを早く言わんか!」
と怒声を上げて、メガラは足早に室内に戻っていった。