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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第二章

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66.曇天

 嵐は、あらゆるものを吹き飛ばした。

 周囲の建物を破壊し、人や物を吹き飛ばした。


 嵐のあと、静けさが満ちていた。


 クリストハルトは気まずそうに頭を掻いた。


「やりすぎたか……」


 と少し反省する。

 ともあれ、これでようやく進むことができる。


「さて、急がないとな」


 と呟いた時、動く影が見えた。


「待ちな」


 緋色の髪の女。

 チェルシーだった。

 チェルシーは、よろよろと立ち上がる。


 チェルシーの傍らにはリューディアとザムエル。

 リューディアとザムエルもまた、ふらつきながら立ち上がった。

 三人とも無傷とはいえないが、五体満足ではあった。


 クリストハルトは、わずかに眉を上げた。


「驚いた、まだ立つのか」


 ザムエルは言う。


「クリストハルト殿、嘘はいけませんね。ただの酔っ払いだと? すっかり騙されましたよ。まあ、酒に酔ってたとはいえ、私も軽率であったことは認めますよ。ですが、まさか天下の大将軍が大衆酒場に居るなどと誰が思いましょう」


「いや、別に嘘というわけではないさ」


 クリストハルトはそう言って、ザムエルの傍で寝そべる大男に視線を移した。

 巨体のランドルフ。

 ランドルフは気絶しているようだった。

 おそらく、ランドルフが身を挺して三人を守ったのだろう。


「素晴らしい。全人類が君たちのような者だったのならば、世界は平和になっているだろうね」


 ザムエルはランドルフの胸に手を添えて「よくやりました、ランドルフ」と囁いた。

 その後、立ち上がってリューディアに言う。


「エルフの君、微力ながら加勢させて頂きますよ」


 リューディアは戸惑いながら返事をした。


「ど、どうして……?」


「貴方がたの事情は知りません。が、まあ何となく察しはつきます。私はルタレントゥムの生まれではないものでね、エウクレイア家には何の義理立てもありませんが、多少思うところもあるのですよ。それに、こうなったのは私のせいでもあるわけですしね」


「分かったわ……感謝を」


 その後、チェルシーが続いた。


「てことで、アタシらであいつを止めるよ。はあ……こんなことなら、アルゴにちゃんと別れを告げておくべきだったね」


「あら、後悔するのはまだ早いのではなくて? 君らしくないわよ、チェルシー嬢」


「ハッ、ようやく調子を取り戻したかい。いいだろう、やってやろうじゃないか。アンタたち、準備はいいかい?」


「このザムエル、整ってございます」


「いつでも!」


 三人は戦意を漲らせた。


 そして、嵐が吹き荒れる。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 木造の帆船が海を進んでいた。

 波は穏やか。船の揺れは小さい。


 空は曇り。鉛色の空が、時期に嵐が来ることを告げているような気がした。


 アルゴの胸中は、曇り空のように灰色に覆われていた。


 アルゴは甲板の縁に身を乗り出して、そっと呟く。


「リューディアさん……」


 アルゴは港に視線を向け続けていた。

 小さくなっていく港。

 金髪のエルフが港に現れないかと目を凝らすが、この距離では視認することは難しい。


「アルゴよ、もう休め。そのままでは船酔いするぞ」


 後ろからメガラに声を掛けられた。

 アルゴは、メガラに視線を向けて答えた。


「俺は大丈夫……」


「リューディアなら大丈夫だ。心配するな」


「……うん」


「だから船室で休め。船旅は初めてだろう? 無理をすると苦しむことになるぞ」


「分かった。でも、一つだけ教えて」


「なんだ?」


「あのクリストハルトって人、何者なの?」


「余も知らん。だが、リューディアはアルテメデス帝国の大将軍だと言っていたな。余の知らん大将軍。おそらくは、余が死んでから大将軍と成ったのだろう」


「その大将軍っていうのは?」


「質問は一つだけだったはずだが? ……分かった分かった。そんな顔をするな。大将軍とは、アルテメデス軍において最高権力を持つ者たちのことだ。アルテメデス帝国皇帝に認められた者たちで、皇帝の代わりに軍を動かす者たち。まあ、そういった認識でいいだろう」


「で、その大将軍が俺たちに何の用?」


「それは船に乗り込む時に言ったろう? 余の正体に気付いた。あるいは、確信は持てないが疑いの目を向けている。そんなところだろう」


「なんで? なんで気付かれたの?」


「分からん。だが、我らは目立ち過ぎた。大いに反省せねばなるまい。……さあ、もうこの辺にして休むのだ」


「……分かった」


 アルゴはそう返事をして港に目を向けた。

 そして、港に視線を向けたまま固まってしまった。


「アルゴ、気持ちは分かるが……」


 メガラは少し困ったような表情で言うが、すぐにアルゴの様子が普通ではないと気付く。


「アルゴ?」


「メガラ……」


「どうした?」


「あれ……」


 アルゴは人差し指を港の方に向けている。

 メガラは縁から覗き込んだ。


「―――なッ!?」


 メガラは思わず声を漏らした。


 波が激しく逆巻いていた。

 風が荒れ狂い、渦が発生していた。


 嵐だった。

 だが、嵐というには些か小さすぎる。

 小さな暴風。その暴風は、船の大きさと同じぐらいの規模だった。


 暴風は更に勢いを増し、船に近付いている。


 アルゴは自身に喝を入れ、体を動かした。

 素早く動き、近くにあった縄を拾い上げる。


「何をしている?」


 そのメガラの問いを無視し、アルゴは手を動かし続ける。

 自分とメガラの体を縄で括りつける。


 縄で縛りながらアルゴは言う。


「メガラごめん。俺、泳げないから」


「アルゴ……お前は……」


「でも、絶対になんとかするから。だから、俺から離れないでくれ」


 メガラは、真剣な口調で答えた。


「ああ、分かった。余とお前は、一蓮托生。生きるも死ぬも、お前と共にあろう」



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 クリストハルトは港から海を眺めていた。


「ああ……すまない……」


 そう呟くと当時に、涙が頬を伝った。

 涙を拭わず、独り言を続ける。


「無関係な者たちよ、許してくれ。私はこの世界が好きなんだ。愛しているんだ。だから、世界を混乱に陥れようとする者たちのことを見過ごすわけにはいかないんだ」


 クリストハルトの涙は止まらない。


「彼らは危険なんだ。放置すれば、やがて大きな戦が起こるかもしれない。火種は消さなければならない。私の風で、消し飛ばさなければならないんだ」


 クリストハルトは見ていた。

 荒れる海。突き進む暴風。

 木造の帆船が嵐に蹂躙される様を。


 帆船の破片が海に飛び散る。 

 帆がへし折れ、壁に穴が空く。


 やがて船体は、海に沈んだ。

これで二章は終わりです。ここまで読んで頂きありがとうございます。

ブックマーク、高評価よろしくお願いします。

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