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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第二章

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61.緋色の闘士

『緋色の闘士』と呼ばれていたのは、もう随分と昔の話。


 無類の強さで勝ち続ける奴隷剣闘士。

 それが、緋色の闘士、チェルシー・メイだった。


 勝利を重ね続けたチェルシーは功績を認められ、やがて自由の身となる。


 晴れて自由の身となったチェルシーであったが、喜びの感情は湧かなかった。

 チェルシーは、幼少の頃より戦いの中に身を置いてきた。

 そこには自分の意思はなく、ただその時の主の言う通りに敵を殺し続けてきた。


 意思なき殺人人形。そう言ってもいいのかもしれない。

 ゆえに人形は、大いに戸惑った。

 自由、と言われても何をどうすればよいのか。


 高い戦闘力を持ってはいても、人形には生きる力がなかった。

 教養はなく、倫理観もなく、目的などありはしない。

 そんな者が、まともに生きていけるはずがない。

 まるで、干からびた大地に突然放り込まれたような、そんな感覚に陥った。


 チェルシーは干からびた大地を歩き続けた。

 あてもなく彷徨い続けた。

 ある日、ふと思い出した。かつて闘技場で闘った闘士のことを思い出したのだ。

 その闘士は言っていた。バファレタリアで栄光を味わった、と。


 干からびた大地に道標が現れたような気がした。

 気が付けば、道標の示す通りに進んでいた。


 そして、目的地に辿り着いた。

 世界でも有数の豊かな都市。オリーブと塩の都、王都バファレタリア。


 しかし、そこでチェルシーの足が止まる。

 辿り着いたはよいものの、これからどうすればよいのか。

 バファレタリアに辿り着くこと自体が目的となっていたのだ。

 目的を果たした。では、目的の先には何があるのか。


 何も無い。何一つ無かったのだ。


 目的を失ったチェルシーは、殆ど抜け殻のような存在と成り果てた。


 中身の無い、虚ろな存在。そういった存在へと落ちてしまった。

 チェルシーは、バファレタリアをあてもなく彷徨い続け、やがて本当に足が止まった。


 体が動かなかった。

 何故か、と自分に問い掛けるが、答えは明白だった。

 もう何日も食べていない。

 最後に食物を口にしたのはいつだったか。

 覚えてすらいなかった。


 それでもチェルシーは、何かを口に入れようとは思わなかった。


 もういい。

 もうこのまま……。


 チェルシーの生命の火が消えかけた時、声が聞こえた。

 その声は幼く、高い声だった。


「お姉ちゃん、お腹空いているの?」


 チェルシーは何も反応しなかった。

 それでも子供は、その場を離れようとしなかった。


 子供は、抜け殻のようなチェルシーの姿をじっと見つめ、ポケットの内側からパンの切れ端を取り出した。


 子供は、パンの切れ端をチェルシーの口元に運んだ。

 それでも、チェルシーは何も反応しない。


 次に子供が取った行動は、今後のチェルシーの運命を大きく変えるものだった。


 子供はパンの切れ端をチェルシーの口に無理やり押し込み、続けて水を口に含ませた。

 さらに、チェルシーが吐き出してしまわぬように、チェルシーの口を押さえつけた。


 これには流石のチェルシーも反応せざるを得ない。

 息苦しさを覚え、水とパンの切れ端を無理やり飲み込んだ。

 その後、ゲホゲホと激しく咳き込んだ。


 そんなチェルシーの様子を見て子供は言う。


「わたしと一緒に頑張ろう」


 何を頑張ると言うのか。そう疑問が浮かぶが、ついぞ口にはしなかった。


 口に出さぬまま、ここまできてしまった。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 何故か懐かしき思い出が頭に浮かび、チェルシーはフッと笑う。


 そして、地面から現れる岩の壁を躱した。


 チェルシーは戦術を変えた。

 ザムエルに下手に近付くのではなく、ある程度距離を取りながらザムエルの隙を窺う。

 そういった戦い方に切り替えた。

 攻めるよりも守りに重きを置いた戦い方。

 これは持久戦。相手の魔力を少しでも早く消耗させる。

 それが手堅い勝ち方。


 現に、岩の壁が出現する頻度が落ちている。


 チェルシーは敢えて相手を煽る。


「どうした、魔術師! 疲れが見えるよ!」


「フフッ、それは―――気のせいでしょう!」


 岩の壁が断続的に出現。

 岩の壁がチェルシーに襲い掛かるが、チェルシーは走り抜けて躱す。


 チェルシーはニヤリと笑う。

 ザムエルが煽りに乗った。

 それほど余裕はないはずだが、ザムエルは壁の出現頻度を上げた。


 ザムエルは汗の量が増えていることを自覚する。

 そして密かに相手に称賛を送る。

 流石は緋色の闘志。素晴らしい肉体能力。

 このままでは魔力が尽きてしまう。


 ザムエルは決意した。

 このままでは負ける。ならば、戦況を変えなければならない。


 ザムエルは左手を地面に添え、魔力を練り上げた。


「グラウンドソーン」


 地面から無数の岩の棘が出現。


 チェルシーは、しなやかな筋肉を稼働させ、避け続ける。

 危なげなく避け続けるチェルシーだったが、やがて顔をしかめた。

 岩の棘の出現が止まらない。


「しつこいね!」


 ザムエルは、これで決着を付けるつもりだった。

 魔術を小出しにしていては駄目だ。

 残る全ての魔力を使いきり、チェルシーを仕留める。


 その覚悟をチェルシーは感じ取った。


「アンタの覚悟は伝わったよ。でもね―――アタシは負けるわけにはいかないんだ!」


 ザムエルが魔力を使い果たそうとしているように、チェルシーもまた、体力を使い果たす覚悟だった。

 チェルシーは駆けた。全力で疾走した。

 岩の棘の猛攻を避け続ける。


 避け続けるが、ザムエルとの距離が段々と開いていく。

 この調子では、ザムエルの魔術を全て躱せたとしても、その後の闘いに不安が残る。

 ザムエルは魔力を使い切ったとしても、まだ体力が残っている。

 ザムエルの近接戦闘力は未知数だが、理論的に考えてみる。

 体力が尽きた自分と、体力が残っているザムエル。

 どちらに軍配が上がるのか。この二択ならば、武の心得のない者でも予想がつくだろう。


 チェルシーは敢えて声を響かせた。


「アタシは―――負けない!」


 その後、地面を蹴り上げ加速。

 ザムエルと大きく距離を取り、岩の壁に身を隠す。

 そして、再び声を張り上げた。


「魔術師! 上を見ろ!」


 チェルシーの叫び声をザムエルは受け取った。


 つまらない子供騙しだ。それに、そういった手は私には通じません。

 ザムエルには第三の目がある。第三の目は、他の二つの目と連動していない。

 ザムエルは、額の第三の目を上に向けた。


 第三の目が捉えた。

 上空から飛来する金属の物体。


 それは、紛れもなく鉄の剣。

 チェルシーが剣を投擲したのだろう。


「馬鹿な! 勝負を捨てたというのですか!?」


 この時点でチェルシーの敗北が決定。

 ザムエルは、怒りを露わにした。


「愚かな! 何を考えているんだ!?」


 その時、ザムエルは気が付かなかった。

 獣のように静かに、素早く、獲物を狩る闘士の接近に。


「それは当然、勝つことをさ!」


「―――なにッ!?」


 ザムエルが驚愕の表情を浮かべた直後、チェルシーは鋭く剣を振った。

 ザムエルはこの瞬間理解した。

 さきほど投げられた剣はチェルシーの剣ではない。

 おそらくランドルフかアルゴの剣。


 そう気付いたが、もう遅かった。

 チェルシーが振るう剣に弾かれ、ザムエルの手から剣が吹き飛んだ。

 その後、剣はクルクルと空で回転し、地面に突き刺さった。


 ザムエルは、この一瞬で敗北の理由を悟る。

 憧れていた緋色の闘士。その闘士と戦えると知り、浮足立っていた。

 自分でも気が付かぬうちに冷静さを欠き、視野が狭くなっていたのだ。


 他人の剣を使うなど、ザムエルには思いつきもしなかった。


 ザムエルは相手を倒すことに執着し、チェルシーは勝負に勝つことに執着した。


 ならば、この結果は必然といえた。

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