59.百秒の猶予
「ふんぬッ!」
ランドルフの太い腕が振るわれる。
アルゴはそれを避け、ランドルフの脇腹に蹴り。
更にアルゴはランドルフの腹を殴り、後ろに退避。
「効かんな!」
ランドルフは余裕の笑み。
アルゴは、ランドルフの硬さに困惑していた。
異常な硬さ。こちらの攻撃は当たってはいるが、まったくと言っていいほど手応えがない。
アルゴは、ランドルフを見据えながら次にどう動くかを考える。
とにかく色々と試してみるしかないか。
そう考え、アルゴはランドルフの攻撃を避けつつ攻撃を繰り出す。
ランドルフの腹を殴り、顎を蹴り、脇腹に膝を入れた。
しかし、ランドルフには通らない。
「かゆいわッ!」
ランドルフは巨大な拳でアルゴを殴りつける。
アルゴはそれを躱し、ランドルフの顎に肘を突き入れた。
それでもランドルフは微動だにせず、反撃の拳をアルゴに放った。
アルゴはランドルフの攻撃を躱し続ける。
ランドルフはアルゴの攻撃を受け続ける。
押しているのはアルゴのはずだが、アルゴには到底そうは思えなかった。
まいったな。やっぱり剣を捨てるべきじゃなかったか。
素手じゃあ埒が明かないぞ……。
ランドルフは、異常なまでの硬さと耐久力を誇っていた。
アルゴにとって、これほど頑強で頑丈な相手は初めてだった。
しかし、泣き言を言っても始まらない。
なんとかしなくては。とにかく、攻撃を当て続けるしかない。
アルゴがそう決意した時、ランドルフは言った。
「アルゴ、少し待て。俺から提案だ」
「提案?」
「このままでは決着がつかん。俺の拳はお前には当たらんし、お前の拳は俺には通らん。このままでは時間だけが過ぎ、つまらぬ幕切れになるかもしれん」
「そうですね。あちらの決着がつけば、俺たちの闘いは終わりです」
そう言ってアルゴは、離れた位置で闘うチェルシーとザムエルに視線を向けた。
アルゴは、そこでふと気付いた。
「ん? というか俺たちってもう失格ですよね? 俺たちはチェルシーさんたちの闘いに参加することはできない。じゃあ、俺たちは何のために闘ってるんでしたっけ?」
「アルゴ、聞こえないのか? この歓声が」
そう言われ、アルゴはハッと気づいた。
集中していたため、観客たちのことをすっかりと忘れていた。
闘技場に響く大歓声。
それは、確かに熱を持った群衆の声だった。
「この場の全員が望んでいる。俺たちの闘いを。熱き、命のぶつけあいを。ならば、他に闘う理由が必要か?」
「はぁ……」
生返事をしてアルゴは思う。
まあ、いいか。多分これはいい機会だ。
この人を倒した時、俺はもっと強くなっているだろう。
俺は強くなる必要がある。
そうじゃなきゃ、メガラの力になれない。
「話を戻そう。提案の件だ」
「ああ、はい。それで、提案というのは?」
「お前に時間をやる。そうだな……俺が百を数える。その間、俺はお前に手をださん。その代わりにお前は、俺を倒す策を考えろ」
「え、いいんですか?」
「いい。俺はお前の全てを打ち砕く! そうしなくてはならない!」
「……お礼は言いませんよ」
「ハハハッ! 構わん!」
清々しい笑みを浮かべたのち、ランドルフは目を閉じた。
そして、ランドルフは数を数え始める。
その様子を見て、アルゴは集中を開始。
アルゴは己に命じた。感覚を研ぎ澄ませ。情報を集めろと。
その瞬間、アルゴの細胞が活性化し、五感が増し、神経が鋭くなる。
あらゆる感覚から情報が入ってくる。
それは、ランドルフの情報。
ランドルフの僅かな筋肉の動き、重心の位置、肉体の疲労度、などの体の状態が明らかとなった。
今やアルゴは、ランドルフ以上にランドルフの状態を把握している。
そう言っても過言ではなかった。
「……百だ」
百を数え、ランドルフは目を開けた。
そしてニヤリと笑う。
「いい面構えだ、アルゴ」
「宣言します」
「ぬ?」
「あなたを倒します」
「面白い」
アルゴとランドルフは、同時に動き出した。
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チェルシーは舌打ちをして真横に跳んだ。
「ちッ!」
直後、地面から岩の壁が出現。
ザムエルはその隙に、チェルシーから距離を取る。
チェルシーは体勢を立て直し、ザムエルに近付こうとするが、また岩の壁に邪魔をされる。
一進一退の攻防。チェルシーとザムエルの闘いは、そのような様相を呈していた。
「いい加減諦めな!」
「諦める? 何を仰いますか―――」
ザムエルは片手を地面に付けて、魔術を唱える。
「グラウンドソーン!」
地面から岩の棘が出現。それは高さ約二メートルの巨大な棘であった。
棘は一つではなかった。無数の棘が地面から出現し、チェルシーに襲い掛かる。
チェルシーは後ろに退きながら棘を避け続けた。
「くそッ、面倒な」
避けることには成功したが、ザムエルとの距離が大きく開いてしまった。
棘の猛攻が止み、チェルシーは前方のザムエルを見据えた。
なかなか近づけないね。杖なしでこの威力と精度。
なるほど、超一流の魔術師ってわけだ。
だけど、奴の魔力は無限ではないはずだよ。
このまま押し続ければ、いずれ奴の魔力は尽きる。
ザムエルは、チェルシーがそんな風に思考していると予想していた。
その通りですよ。
魔力は無限ではない。
これは、私の魔力が先に尽きるか、貴方様の体力が先に尽きるか、そういった闘い。
さあ、我慢比べです。
薄い笑みを浮かべ、ザムエルは地面に手を添えた。




