58.決勝戦
今夜、王都バファレタリアの酒場は大いに賑わっていた。
酒を浴びるように飲み、大口を開けて笑い合う者たち。
上機嫌で歌う者や、踊り狂う者、酔った勢いで喧嘩を吹っ掛ける者。
そういった者たちで溢れていた。
そういった光景が、都市の至るところで見られた。
その大きな理由は、闘技大会が盛り上がりを見せていることにある。
観客たちは、酒を飲みながら闘技大会の感想を大いに語り合った。
話題の中心は、茶髪の少年について。
名前はアルゴ。痩せ細った少年で、見た目は強者には見えない。
しかし、その少年は、異常な強さで対戦相手を圧倒し続けている。
明日はついに闘技大会決勝。
アルゴとチェルシーの組が優勝すると予想する者たちが多かった。
しかし、頑としてそう予想しない者たちもいる。
「優勝はあいつらだ! 子供と女があいつらに勝てるわけはねえ!」
男が叫び声を上げている。
その叫び声が酒場の端まで届いた。
「フフッ。ですって、メガラ嬢」
リューディアはそう言って柔らかい笑みを見せた。
「フン。言わせておけばいい」
「あら、意外にも冷静ね。怒鳴りに込みにいかないか心配だったのだけど……」
「馬鹿な。余がそんなことするか。そんなことをしても何の得もない」
「まあ、そうね」
メガラはリューディアの返事を聞いて頷くと、大きな欠伸をした。
「それよりも、余はもう眠い。そろそろ宿に戻るぞ」
「了解よ、お嬢様」
メガラとリューディアは立ち上がり、出口へと歩き出した。
「ああ、そうだ」
と言ってメガラは立ち止まった。
「さきほど叫んだ男の顔をよく覚えておけ。明日の夜、あいつの面を見るのが楽しみだよ」
メガラはそう言って、フフッと小さく笑った。
「それでこそよメガラ嬢。メガラ嬢はそうでなくっちゃ」
と言って、リューディアはメガラの後ろを歩き出した。
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闘技大会決勝。
闘技場は興奮と熱気で満たされていた。
雲一つない青空。照り付ける太陽が肌をやく。
よく晴れた空の下、チェルシーは対戦相手に言う。
「やっぱりアンタたちか。そんな気がしてたんだ」
そう声をかけられ、その者は返事をした。
「このような大舞台で貴方様にまみえるとは、このザムエル・ゴードン、光栄の至り」
ザムエル・ゴードン。魔族の男で肌は薄青色。額の第三の目が特徴。
「アンタ、アタシの正体を知っていたね? 知った上でアタシに近付いた。違うかい?」
ザムエルは胸に手を当て、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。その通りでございます。ですが、貴方様を陥れる気は更々ありません。音に聞く『緋色の闘士』。それが如何ほどのものか、知りたかっただけなのです」
「随分と懐かしい渾名だね。で、感想は?」
「ええ、それはもう―――」
「ハーハハハハハッ!」
ザムエルの言葉を遮るように、大きな笑い声が響いた。
「ザムエルよ、それからチェルシーの姉御、いつまで喋っている! ここまでくれば、もう言葉は不要だろう!」
大男ランドルフ・オグエンがそう言い放った。
「はぁ……ランドルフ、貴方には風情というものがありませんね。いいですか? ただ闘うだけでは美学がありません。過去の賢人たちは闘いの中に美を見出していた。美は人を感動させます。その感動がやがて大きく波及し、後世へと語り継がれる。それはまさに、燦然と輝く英雄たちの武勇譚。我々もまた、輝く綺羅星の一つとなるのです」
「お前の言う事はちっとも分からん」
「それにはアタシも同感だね」
「ハハハッ! 気が合うな、姉御よ! どうだ、やはり俺と一緒になる気はないか?」
「断る」
「ハハッ、清々しいな!」
チェルシーの冷たい態度に動じず、ランドルフは大口を開けて笑う。
その光景を見て、アルゴは言う。
「へー、チェルシーさん、もてるんですね」
「ふざけるんじゃないよ、アルゴ。この変人に好かれても嬉しくないよ」
「そちらの方がチェルシー様の相方ですか」
「ああ。言っとくけど強いよ」
「それはそれは……」
「坊主、なかなか悪くない面構えだ! よろしく頼む!」
「あ、はい」
アルゴの返事を切っ掛けに四人は動き出した。
それぞれ後ろに下がり、相手との距離を取る。
少し間を置いて、銅鑼の音が鳴り響いた。
いよいよ、決勝戦が始まった。
先手必勝。
アルゴとチェルシーは、地を駆け相手へと接近。
その瞬間、地面に異変。
地面が盛り上がり、岩の壁が出現。
高さ横幅ともに五メートルほどの壁が、アルゴとチェルシーの前に聳え立つ。
この壁はザムエルが放った魔術。ロックウォール。
突然現れた岩の壁に、アルゴとチェルシーの視界は遮られた。
視界が遮られ、足が止まる。
「魔術ってありなんでしたっけ?」
「別に禁止されちゃあいないよ。ただ、この闘技は杖が使えないからね。魔術師としての力を制限されてしまうこの大会に、わざわざ参加するような馬鹿な魔術師が今まで居なかっただけって話さ」
その瞬間、アルゴは気配を感じた。
「チェルシーさん!」
と叫び、チェルシーを突き飛ばした。
そして、前方の壁が爆ぜた。
壁が粉砕され、破片が飛び散る。
壁が破壊された。破壊したのはランドルフ。
ランドルフが突進し、壁を突き破ったのだ。
アルゴに突き飛ばされたお陰でチェルシーは無事。
だがアルゴは、ランドルフの突進を受けてしまった。
アルゴは数メートル後方まで吹き飛ばされた。
「アルゴ!」
チェルシーが叫び声を上げた瞬間、ランドルフは剣を振った。
「―――ッ!?」
チェルシーは剣を躱し、ランドルフと距離を取る。
「ちッ、こいつら……完全に殺す気だね」
チェルシーは苛立ちを露わにし、剣を構える。
吹き飛ばされたアルゴの様子が気掛かりだったが、ランドルフから目を離すことはできない。
チェルシーがランドルフを睨みつけた瞬間、地面が隆起した。
「くそッ!」
悪態を吐き、チェルシーは素早く動いた。
地面から岩の壁が出現。
岩の壁が断続的に出現し、チェルシーは避け続ける。
チェルシーを囲うように岩の壁が出現。逃げ道がない。
そして、ランドルフの突進。
壁が爆ぜる。
チェルシーは、飛び上がって突進を躱した。
そして、上空で剣を構える。
「喰らいな! 大男!」
ランドルフ目掛けて、上空から剣を叩きつける。
その時、地面から壁が出現。
その壁は、今まで出現した物より細長かった。
その壁が上空のチェルシーに向かって伸びる。
チェルシーは咄嗟に剣を合わせて防御した。
しかし、壁の威力を帳消しにはできない。
チェルシーは弾け飛んだ。
空中に打ち上げられたのち、そのまま落下。
落下中、チェルシーは視認した。
地面より伸びる壁と、突進の構えのランドルフ。
両方躱すのは難しい。
どちらかの攻撃は喰らってしまうだろう。
いや、そんなことはない。
アタシなら出来る。両方を躱して見せる。
チェルシーがそう決意した瞬間、視界の端で人影を捉えた。
その正体はアルゴだった。
アルゴはランドルフに接近し、剣を振る。
「む、坊主!」
アルゴの剣とランドルフの剣が衝突。
アルゴがランドルフを止めたお陰で、チェルシーは岩の壁を躱し、地面に足を付けることに成功。
「アルゴ、大丈夫なのかい!?」
「はい! 問題ありません!」
その言葉通り、アルゴはピンピンしている。
チェルシーは訝しむ。
アルゴは間違いなくランドルフの突進を喰らったはずだ。
なのに無傷。どういうカラクリだ。
まあいい。今更アルゴのやることに驚きはしない。
チェルシーは意識を切り替え、ザムエルの方へ駆けだした。
厄介な魔術師を片付けるために。
ランドルフはチェルシーの思惑を理解し、ザムエルの元へ駆けだそうとした。
「行かせません」
アルゴの剣がランドルフに迫る。
「ぬう!」
ランドルフは剣で受ける。
「坊主、どうやって俺の突進をいなした?」
「まあ、来ると分かっていればどうとでもなります。突進に合わせて後ろに退けば、衝撃を抑えることが出来ますから。だけど、それでも吹き飛ばされてしまいました。驚きました。世界には、あなたのようなすごい人が居るんですね」
「なんと! 驚くのは俺の方だ! 口で言うのは易いが、そのような芸当をやってのけるのは、尋常ならざる強者の証!」
ランドルフは巨体を震わせながら続けて言う。
「認めよう。お前はこのランドルフ・オグエンに相応しい相手だ。坊主、名は?」
「アルゴ・エウクレイア」
「―――エウクレイア?」
「そうです」
「ハハッ―――」
ランドルフは大口を開けて笑い始めた。
「ハーハハハハハハハッ! エウクレイアだと! お前は愉快な男だな! いいぞ、何故エウクレイアを名乗るのかは聞くまいよ」
ランドルフは、そう言って剣を脇に捨てた。
剣が手から離れた。この瞬間、ランドルフは敗者となった。
アルゴは問う。
「剣……いいんですか?」
「いい。あんな物は邪魔だ」
「邪魔……」
アルゴはそう呟き、右手の剣を一瞥。
そして、ランドルフ同様、剣を放り投げた。
「じゃあ俺も」
「ハハハッ! アルゴ、分かっているじゃないか! やはり、漢ならコレだろ!」
ランドルフは楽し気な笑みを浮かべ、右拳を振り上げた。
アルゴは自分自身に驚いていた。
剣を捨てた理由を自分でも説明できない。
いや、多分これが相手に乗せられた、というやつだろう。
アルゴは、少し冷静になり独り言を呟いた。
「しまったな……」




