56.本選開始
闘技大会予選が終了し、本選に勝ち上がる者たちが出揃った。
本選に出場するのは、アルゴとチェルシーの組を含めて八組。
本選はトーナメント方式。
つまり、三回勝てば優勝となる。
本日も闘技場は熱気で満ちていた。
観客たちの高揚と興奮。
闘技場は予選以上の盛り上がりを見せていた。
「フン、あんなことがあったっていうのに随分と能天気な連中だよ」
闘技場アリーナにて、チェルシーは観客席を眺めながら毒づいた。
アルゴはその発言に頷いた。
「ですね。この熱気、むしろ人が死ぬことを望んでいるような……」
「人っていうのは場の空気に流されやすい生き物だからね。この場の異様な空気が、人が死ぬことを是としている。どいつもこいつも理性が薄れ、空気に操られてしまっているんだ。ある意味では、空気の奴隷、といってもいいかもしれないねえ」
「奴隷ですか……」
「笑えるだろう? 闘技場で闘う奴隷と、それを見る奴隷。この場には奴隷しかいないのさ。まったく、本当に馬鹿げているよ」
「いえ、俺は奴隷ではありません。チェルシーさんも」
チェルシーは、わずかに笑みを浮かべアルゴの背を軽く叩いた。
「悪かったよアルゴ。そうだ、アタシらはもう奴隷じゃない」
「はい」
「じゃあ見せてやろうじゃないか、奴隷の観客たちに。真の闘士の闘いってやつを」
そう言ってチェルシーは前方に目を向けた。
前方には対戦相手の闘士二人。
どちらも男でエルフだった。
エルフの二人。片方は銀髪。もう片方は金髪。
二人とも細身でスラリと伸びた四肢。
その姿を見てアルゴはリューディアことが頭に浮かんだ。
闘技大会に参加してからというもの、リューディアと会っていない。
リューディアさん、どうしているかな?
たった数日会っていないだけで、随分と懐かしい気持ちになった。
メガラもどうしているだろう?
メガラのことも気がかりだった。
アルゴは観客席に目を向けた。
メガラとリューディアの姿を探す。
だが、見つけられなかった。
大勢の観客の中からメガラとリューディアの姿を探すのは至難の業だ。
じっくりと時間を掛ければ見つけられるのかもしれないが、その時間はなかった。
銅鑼の音が響いた。
闘いの合図だ。
音が響くと同時に、二人のエルフは動き出した。
素早い動きでアルゴとチェルシーに接近。
銀髪はアルゴへと、金髪はチェルシーへと狙いを定めた。
剣と剣が打ち合う。
それぞれの剣が、金属音を響かせた。
金髪の剣を受けながら、チェルシーは声を上げた。
「一対一がお望みかい? いいだろう。―――アルゴ! そっちは任せたよ!」
「分かりました!」
そう返事し、アルゴは目の前の敵に集中した。
銀髪のエルフの剣技は流麗。
流れるような剣技。演舞のように美しい剣技だった。
アルゴはその剣を受け続けた。
初めて見た剣技であったが、上手く剣を合わせ続ける。
「その剣技、勉強になります」
アルゴは右脚を軸にして、腰と剣を回転させた。
続いて、流れるように下から上。上から下に剣先を走らせる。
アルゴの剣を受け、銀髪のエルフは顔を歪めた。
「小僧! 下手な猿真似を!」
「猿真似ですか……」
アルゴは銀髪のエルフの言う事を真に受けた。
もっと上手く剣を振らなきゃ。
その思いが、アルゴ剣を更に進化させた。
アルゴの剣が鋭さを増す。
鮮やかに華麗な剣技。
それはすでに、銀髪エルフの剣技とは別物だといえるかもしれない。
「こ、小僧!」
銀髪のエルフは押されていた。
焦りと憎悪。
それとともに、畏怖の感情。
目の前の少年は、短時間で我が剣技を模倣し、それどころか進化させた。
世界は広い。世界にはいるのだ、このような理を超えた存在が。
そう思った時、銀髪のエルフは剣を投げ捨てた。
「……我の負けだ」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
アルゴとチェルシーは初戦に勝利した。
二回戦が行われるのは明日。
アルゴは再び牢獄の中に居た。
アルゴにとってこの牢獄生活はそれほど苦ではなかった。
多少のことに目を瞑れば、寧ろ快適といえるかもしれない。
静かで、惰眠を貪っても誰にも文句を言われない。
食事もしっかり出されるし、しかもそれなりに旨い。
この牢獄は闘士の待機場であると同時に、休息を取る場だ。
闘士ならば、闘いの疲れを少しでも癒すため、出来るだけ体を休めるべきなのだ。
しかしアルゴは、そんな牢獄の中でそわそわと動き回っていた。
牢獄の中を歩き回り、一度座ってはすぐに立ち上がる、といった動作を繰り返していた。
何故こんなにも落ち着かないのか。
答えを出してしまわないように必死に自制した。
しかし。
「メガラ……」
つい言葉が漏れてしまった。
アルゴが落ち着かない理由は一つ。
メガラのことだ。
メガラとは四日間会えていない。
口にするのは憚られる。男としてどうかと思う。
恥ずかしさと情けなさに苛まれる。
だが、認めるしかない。
「メガラに会いたい……」
アルゴは牢獄の格子を両手で握り、そのまま崩れ落ちた。




