54.地下牢
闘技場地下。
薄暗く、冷たい空気が満ちる牢獄。
その牢獄に、アルゴは居た。
「まるで囚人だな……」
そう囁くように言って、アルゴは周囲を見回した。
前方には鉄の格子。石の床、石の天井。
静かで薄暗い地下牢。
どうして自分は牢屋に入れられているのか。
熱気が満ちる闘技場との大きな落差を感じ、まるで夢を見ているような妙な感覚に陥る。
輝かしい地上と薄暗い地下。
アルゴは一日でその二つを味わった。
何故、自分はこの地下牢に居るのか。
理由は分かっている。
罪を犯したからではない。
実のところ、この場所は地下牢ではなかった。
地下牢としか思えないが、ここは闘士の待機場だった。
本選出場が決定した闘士は、本選が開始されるまでここで待機する。
そういう決まりだった。
随分扱いが悪いと感じるが、おそらくこれは、闘士の逃亡を防ぐ意味もあるのだろう。
怖気づいて闘士に逃げられては、興行が成り立たない。
そういうことだろう。
「チェルシーさん、どうしてるかな?」
アルゴは独り言を呟いた。
近くにチェルシーの姿はない。
自分と同じく、どこかの地下牢に入れられているのだろう。
アルゴは、することもないので眠ることにした。
今は昼なのか夜なのか、この場所では分からない。
食事は出されるとは聞いたが、それがいつなのかも分からない。
冷たい床に横になって天井に目をやる。
眠くはないが、目を閉じる。
「メガラとリューディアさんはどうしているだろう……」
不機嫌なメガラと、それをなだめるリューディア。
何故だがそういった光景が目に浮かんだ。
「ハハッ」
思わず笑い声がもれた。
「おっ、なにか面白いことでもあったのかい?」
突然男の声が聞こえた。
アルゴは、ハッとして飛び起きた。
驚いた。気を抜いてたとはいえ、男の接近に気付けなかった。
気配の薄い男。
直観で理解した。この男は只者ではない。
謎の男が牢屋の外側からこちらを見ていた。
やせ型の男だった。三十代ぐらいで、眠そうな目つきと若葉色のうねった髪が特徴的だった。
強者には見えない。どこか野暮ったい雰囲気を纏う男。
「……誰ですか?」
「おっと、失礼。俺はクリストハルト・ベルクマン。アルテメデス帝国の軍人さ」
「軍人? 軍人が俺になにか用ですか?」
クリストハルトはその問いを無視し、地面に胡坐をかいてアルゴの顔をしげしげと眺めた。
「あ、あの……?」
「うん、やっぱり君、おもしろいね」
「え?」
「いや、面白いよ君。君の戦いを見させてもらった。すごかったよ。どこで戦いを覚えたんだい?」
「……」
「おしゃべりは嫌いかい?」
「とある人から、不審者とは気軽に話すなと言われていますので」
「アハハッ! 不審者ときたか!」
クリストハルトは手を叩きながら笑い声を上げた。
「いいだろう。では、俺の方から一方的に話そう」
そう言ってクリストハルトは続ける。
「俺はね、こう見えて少し偉いおじさんなんだ。アルテメデス軍の将軍で、アルテメデス東部の治安維持と守護を任されている。ヴィラレス砦って聞いたことがないかい? 俺はそこの司令官なんだ」
「……」
「今や絶大な力を持つアルテメデスだけどね、未来のことは誰にも分からない。帝国に反旗を翻そうとする不満分子は各地にいるし、帝国を陥れようとする組織も存在する。そういった者たちが力を持ち、大きなうねりとなり、いずれ帝国は落日を迎える……日がやってくる可能性もある。だからね、俺は集めているんだ。才のある者たちを」
クリストハルトは、人差し指をアルゴに向けて言う。
「君のようなね。どうかな? 俺の部下になる気はなかい?」
アルゴは即答した。
「お断りします」
「なぜかな?」
決まっている。アルテメデス帝国はメガラの宿敵。
アルテメデス軍人の部下になるなど、メガラが認めるはずがない。
それに、理由は他にもある。
「あなたが本心を語っていないからです」
「ん?」
「あなたはアルテメデス帝国の未来のために、部下を集めていると言った。それはまるっきり嘘……ではないのかもしれませんが、なにか本心を隠しているように思えます」
「ほう、どうしてそう思うんだい?」
「勘です」
「勘?」
「はい」
「プッ……プハッ! アハハハッ! アーハハハハッ! そうか、勘か! いいね君、傑作だ!」
クリストハルトは腹を押さえて大笑いしたあと、ゆっくりと立ち上がった。
「そうだよ、君の言う通りさ。俺はね、アルテメデスの未来なんか気にしちゃいない。ああでも、アルテメデスを見限っているわけではないよ。俺なんかが気にしなくても、アルテメデスは揺るがない。まあ、そういった感じかな。そして、君のような面白い子を集めるのは俺の趣味だ」
「趣味?」
「そう、趣味。趣味はいいよお。人生を豊かにする。趣味がない人生は退屈だ。君もなにか見つけるといい」
クリストハルトはそう言ってアルゴに背中を向けた。
「今日のところはここまでにしておこう。俺は君のことが気に入った。また会おう、アルゴくん」
そう言ってクリストハルトは歩き出し、アルゴの前から消え失せた。
一人残されたアルゴは、牢屋の中でポツリとこぼした。
「はあ……面倒な人に目を付けられたな……」




