表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/250

53.感情の渦に

 獅子の魔物、マンティコアは目を覚ました。

 薬の効果が切れたのだ。


 獅子は顔をもたげ、首をブルブルと振った。

 それに合わせて黄金のたてがみが揺れる。


 獅子は板から飛び降り、地面に着地。その後、場内を見回した。

 ざわざわと騒ぐ大勢の人間。

 獅子は牙を剥き、ざわつく人間たちに対して威嚇を放つ。


 次に獅子は、闘士たちに視線を移した。

 闘士たちは微動だにせず獅子を見ている。


 獅子は狙いを定めた。

 身を低く屈め、唸り声を漏らした。


 そして、獅子は地面を蹴り上げた。


 そのまま地面を駆けた。その巨体からは想像できない速度で駆けた。

 その様は、駆けるというよりは飛んでいるようだった。


 獅子は即座に闘士たちとの間合いを詰め、太い前脚を振り上げた。

 前脚の先には鋭い爪。


 闘士たちは逃げようとした。

 だが、獅子はそれをさせなかった。

 獅子の咆哮。鼓膜が破れるほどの大音声。

 衝撃波のようなものが発生し、空気を激しく震わした。

 闘士たちは動けなかった。獅子の咆哮に怯んでしまったのだ。


 そして、獅子の爪が闘士数人の体を引き裂いた。

 闘士たちは声を上げることも出来ず、一瞬で絶命した。


 腹が裂け、血肉と骨と内臓が飛び散る。

 闘士の躯からこぼれる血が、地面を赤に染めていく。


 獅子は闘士の死体を食いあさった。

 ガツガツと肉を噛み、飲み込んでいく。


「む、無理だ……。無理だ、こんな化け物!」


 と声を上げ、生き残った闘士の一人が武器を放り投げ、出口へと駆けだした。

 他の者も、その後に続くように一斉に逃げ出した。


 しかし、アルゴとチェルシーは逃げなかった。


「チェルシーさん、どうしましょうか?」


「そうだねえ……」


 チェルシーは特権席へと視線を移した。

 特権席でセオドアが興奮している様子が目に映った。


「ちっ、あのクソ王子め」


「チェルシーさん?」


「アルゴ、まだ闘技は続いている」


「はい」


 アルゴは冷静にそう返した。

 アルゴに焦りは見られない。


 チェルシーは、そんなアルゴのことを頼もしく思いつつ尋ねた。


「時間制限まであの魔物から逃げ続けるのと戦うの、どっちがいい?」


「戦う方ですね」


 それを聞いてチェルシーはニヤリと笑い、アルゴの背中を叩いた。


「じゃあ、決まりだね」


「はい」



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 獅子の太い前脚が振るわれる。

 ブン、と爪が空を裂く。


 アルゴは爪を避ける。避け続ける。

 アルゴは反撃をしなかった。

 とにかく避けることに集中した。


 連続で繰り出される獅子の爪は、アルゴには当たらない。

 獅子の呼吸。目の動き。動き出す前のわずかな筋肉の動き。

 力み。気配。殺気。

 それらから、獅子の動きが手に取るように分かった。


 アルゴを切り裂くことができず、獅子は怒りを露わにした。

 獅子は顎を開き、息を吸い込んだ。

 そして、溜め込んだ息を吐き出した。


 咆哮。


 体の芯まで響くような重低音。

 鼓膜が裂けるほどの大音声。

 人の筋肉を強制的に萎縮させ、動きを止めてしまう獅子の技。


 アルゴは、真正面から獅子の咆哮を浴びた。

 その直後、獅子は爪をアルゴに向けて振り下ろした。


 必中の爪。

 爪が肉を裂く―――はずだった。


 アルゴは、爪を涼しい顔で躱した。


 獅子の顔に不可解の色が浮かぶ。

 何故、この人間は我の爪を躱せた? 

 そういった表情。


「そんなもの、どうとでもなるよ」


 アルゴはポツリとそうこぼした。


 咆哮が放たれる瞬間、アルゴは腹に魔力を集め、力を入れた。

 とある地域では丹田と呼ばれるへそに位置するその場所は、全身の精気が集まる場所とされ、活力の源ともいわれている。

 アルゴは活力の源を刺激し、体に力を漲らせた。

 それにより、筋肉のこわばりを防いだのだ。

 アルゴは理屈を理解してそれを為したわけではない。感覚でそれをやってのけたのだ。


 自分の思い通りにならず、獅子は怒りを爆発させた。

 咆哮を上げ、爪と牙でアルゴへと襲い掛かる。

 アルゴはそれを避け続ける。


 この時点で獅子は、アルゴの姿しか見えていなかった。

 ざわめく観客たちのことも、アリーナの端で震える闘士たちのことも、アルゴの相方チェルシーのことも、すべて頭から消え失せていた。


「よく引き付けた、アルゴ」


 獅子の頭上よりチェルシーの声。

 チェルシーは、上空から剣を獅子の頭に向けて叩きつけた。


 剣は鈍器だった。

 鈍器が獅子の頭部に炸裂。


 獅子の頭部が地面に叩きつけられ、獅子は唸り声を上げる。


「グウウッ!」


 人間であれば頭蓋骨が砕け、絶命していたに違いない。

 しかし、獅子の耐久力は人間を遥かにしのぐ。


 獅子は死ななかった。頭を振り乱し、咆哮を上げた。

 獅子の殺意は低下していない。それどころか、更に上昇しているようにも見える。


「やっぱり、一撃じゃだめかい」


「このまま続けましょう」


「だね」


 アルゴとチェルシーは少し会話をしたのち、剣を構えた。


 以降もアルゴとチェルシーは同じ戦術を取った。

 アルゴが獅子を引き付け、隙を見てチェルシーが攻撃を放つ。

 数回同じ流れを繰り返した時、獅子に変化が起こった。

 獅子の動きが鈍っている。蓄積したダメージが獅子を弱体化させたのだ。


「アルゴ!」


「はい!」


 アルゴとチェルシーは機を逃さなかった。

 二人同時に獅子へ剣を叩き込む。

 獅子の顔面、顎、前脚、脇腹、背骨へと、一挙に剣を打ち付ける。


「グ……ガッ……」


 やがて、獅子から弱い鳴き声が漏れ、獅子は地面に沈んだ。

 それっきり、獅子は動かなくなった。


「ふう……やったね、アルゴ」


「はい、俺たちの勝利ですね。……それで、これからどうなる―――」


 その瞬間、大歓声が上がった。

 観客たちの興奮と歓声。すさまじい熱気。

 空間が割れると錯覚するほどの大音声だった。


 感嘆、称賛、憧憬、賛美。

 それらの感情をアルゴは浴びた。


 感情の渦に飲み込まれてしまいそうだった。


「すごい……」


 アルゴの呟きは、闘技場に響く大音声にかき消され、自分の耳ですら聞き取ることができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ