51.頼もしき闘士
闘技大会は、予選と本選に別れている。
予選は三日間行われ、勝ち残った者のみが本選に出場できるという流れだ。
闘技場特権席にて、アルテメデス帝国将軍、クリストハルト・ベルクマンは、左手に持った杯を口元に運び、酒を喉に流し込んだ。
うーん、旨い。
と声に出すことなく、そう感想を浮かべた。
それから、独り言のように虚空に向け言葉を放った。
「随分と参加者が集まったようですなあ」
クリストハルトの発言を聞き、ブルファレース王家の第三王子であるセオドアは、爽やかな笑みを浮かべた。
「ええ、ええ、そうなのです。今大会、思った以上に参加者が集まりまして、参加者の選別には苦労しました」
「ほう、どうやって選別したのですか?」
「選別方法自体は難しくありません。武器を数回ほど振らせれば、その者のある程度の技量は見抜けます。参加者たちには、宮廷武官の前で武器を振らせました。宮廷武官が見込みありと判断した者にだけ、参加資格を与えたというわけです」
「ほーう」
と興味深げに返事をしたが、クリストハルトの心は少しも動かなかった。
なんだそれ、つまらない。
そう感想を浮かべ、また酒を口に含んだ。
酒は上手い。闘技大会にも、まあそれなりに興味はある。
しかし、この王子だけはいけない。
クリストハルトは、セオドアのことをツマラナイ男と評価している。
セオドアは見た目もよく、そこそこに有能。
だが、万事が常識の範囲内に収まっている。
言い換えれば、十人並みの器と言ってもいいかもしれない。
小物ではないが、大物でもない。小国ならば上手く治められるかもしれないが、大国を治めるには荷が重い。
クリストハルトから見たセオドアは、そういった存在だった。
クリストハルトは、そういった手合いが苦手だった。
退屈は体に毒だ。
それがクリストハルトの信条だった。
欠伸を噛み殺し周囲に目をやると、興奮気味の観客たちの姿。
観客席は殆ど埋まっていた。これから始まる催しにざわめき立ち、闘技場は異様な空気で満たされていた。
「クリストハルト殿、今大会に関しての提案、ありがとうございました」
「ああ……提案ね」
クリストハルトはセオドアの言葉を聞いて思い出した。
そういえば、闘技大会が面白くなるように、セオドアに色々と提案していたのだった。
酒の席での提案だったし、その場の思いつきだったのですっかり忘れていた。
「楽しみにしていてください。きっと、ご満足頂けるかと」
「それはつまり……」
「ええ」
セオドアはニッコリと笑みを向けた。
クリストハルトは薄い笑みを浮かべた。
ツマラナイ王子だと思っていたが、なるほど使い方次第か。
クリストハルトは杯を掲げ、これから戦う闘士たちへ祝辞を述べた。
「武運を祈る」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
闘技場アリーナ入場口前にて。
入場口前には、闘士たちが集まっていた。
見たところ百人前後だろうか。
そのほとんどが屈強な男たちだ。
その中でアルゴは浮いた存在だった。
荒々しい男たちの中に、痩せ細った少年が紛れている。
紛れ込んだ異物。そう言ってよいだろう。
「アルゴ、準備はいいかい?」
チェルシーにそう声を掛けられた。
赤い仮面を装着しているため、少し声がくぐもっている。
「はい」
「フッ、流石だよアンタ。随分落ち着いてるね」
「そうでしょうか?」
「こういったものに参加するのは初めてなんだろう? なのに、その妙な落ち着き方はなんだい。まったく……頼もしいよ」
「は、はあ……」
アルゴは、生返事をして視線を前に向けた。
前方には巨大な鉄の扉。
この扉の先には、闘士たちが戦うアリーナが存在する。
今日は予選一日目。参加人数は約百人。
武器は刃を潰した直剣。
随分と軽い。戦闘用ではなく、儀礼用として使われる剣。
確かにこれなら、一太刀で相手を殺してしまう可能性は低いだろう。
しかし、何事にも絶対はない。相手を殺してしまう可能性はゼロではないのだ。
相手を殺してしまった場合、即失格となり、その場で殺人の罪を問われる。
殺人者は裁定者の気分次第で裁かれる。生か死か。生かすか殺すか。どちらが面白いかを。
ゆえに、対戦相手を殺すリスクは途轍もなく大きい。
アルゴにとっては、負ける事よりもそちらの方が心配だった。
殺さないように気を付けなきゃな……。
人知れず、そう自分に言い聞かせた。
闘士たちを監視するように、四隅に兵士たちが居る。
兵士たちの目があるため、闘士たちは比較的大人しくしている。
そして、時はきた。
兵士たちが数人がかりで鉄の扉を押し始めた。
ゆっくりと開いていき、同時に日の光と大歓声が飛び込んできた。
闘技場は熱気で満たされていた。
観衆たちの興奮と歓声。
今まで感じたことのない独特の空気。
熱と圧力。決して錯覚ではない。確実に肌で感じる。
アルゴは気圧されてしまった。
「これは……」
アルゴは、目を見開き固まってしまった。
どこを見回しても人の目。群衆から向けられる視線。
それが、アルゴの全身を縛っていた。
ただ戦うだけならば、何も思う事はない。
しかし、現実とは思えない場の空気。
この異界のような場所で、上手く手足が動くだろうか。
ドン。
と、アルゴは背中を叩かれた。
チェルシーがアルゴの背中を叩いたのだ。
「アンタも人の子なんだね。少し安心したよ」
かすかに笑みを浮かべ、チェルシーはそう言った。
「チェルシーさんは平気なんですか?」
「当然さ。アンタとは場数が違うんだ。見せてあげるよ、本物の闘士ってやつをね」
チェルシーはそう言って、右拳をアルゴの胸に突き付けた。
それなりに強い力を胸に受け、アルゴの呼吸が一瞬止まる。
アルゴは軽く咳き込むが、少しだけ体の縛りが緩くなっていることに気付く。
「チェルシーさん、頼もしいです」




