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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第二章

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49.その感情は

 数日が経過し、闘技大会まであと十日となった。


 よく晴れた日の午後、メガラは下級市民区画の通りを歩いていた。

 このあたりの気候は温暖だが、湿気が多い。

 肌に纏わりつく潮風がやや不快だが、それにはもう慣れたものだ。


 この都市で数日過ごし、かなりこの都市のことが分かってきた。

 下級市民区画はその名の通り、下級市民が暮らす地区だ。

 ここで暮らすのは貧しい者たちであるが、みな貧乏を撥ねつけるように活力を漲らせていた。

 そこかしこで賑やかな声が聞こえる。

 その中に、商魂たくましい露店主の声が響いていた。


 「今朝上がった新鮮なタコだよ! 食っていってくれ!」


 と声を張り上げてるのは、禿げ上がった頭をした店主だった。

 

 メガラは露店の方へ近づき声を掛けた。


 「御仁、一つ頂こう」


 「まいどあり! って……お嬢ちゃん、ルグは持っているんだろうなあ?」


 「無論だ」


 と言って、メガラは銅貨を一枚差し出した。


 「おっと、これは悪かった。スラムのガキ共に店を荒らされてからというもの、警戒してたんだ。だけど……そうだな、お嬢ちゃんは身なりも綺麗だし、あのガキ共とは違うわな」


 「ほう、スラムのガキ共とな」


 「ああ、そうだ。お嬢ちゃんも気を付けな。隙を見せたら、奴らに色々と奪われちまう」


 「ふむ、気を付けよう」


 メガラは銅貨一枚を払い、店主からタコの串焼きを受け取った。

 串には焼いたタコの脚が数本刺さっており、なにやら甘いタレで覆われていた。


 メガラは歩きながらタコの脚を齧った。


 「うむ、なかなかいけるな」


 噛み応えのある食感と、濃いタレの味。

 タコは初めて口にしたが、悪くはない、と思った。

 

 そのまま歩きつつ、通りを行く者たちを観察する。

 通りを行く者の大半は人族だが、中には獣人やエルフが混じっていた。

 流石は大都市。世界中からこの都市に人々が集まっているらしい。

 

 メガラは狭い路地に足を踏み入れた。

 そして、足を止める。

 後ろを振り返り、声を投げ掛けた。


 「余に何か用か?」


 慌てて息を漏らしたような、そんな声が聞こえた。

 振り返ると、そこには小さな子供が二人いた。


 男児と女児。汚れた髪と肌。あちこち穴の空いた服。

 一目見て分かった。無産者と呼ばれる者たち。

 その中でも特に非力な存在。子供の無産者だった。


 男児は、子供に似つかわしくない険しい表情でメガラに言った。


 「おい! そいつをよこせ!」


 「こいつか?」


 メガラは串を掲げてそう尋ねた。


 「そうだ!」


 「ふむ……」


 メガラはしばらく考えて答えを出した。


 「よかろう。受け取れ」


 「い、いいのか?」


 「よい。さあ、早く受け取れ。余の気が変わらぬうちにな」


 男児は慌てて駆け寄り、メガラから串をひったくった。

 そして、その場で男児と女児はタコに齧りつく。


 メガラは尋ねた。


 「旨いか?」


 「う、うまい……」


 「それはよかった」


 と言って、メガラは歩き出した。

 メガラとて分かってる。

 この行いは偽善。今日、施しを与えたとて、この子供たちの運命が大きく変わることはないだろう。

 真に子供たちを思うのならば、自己満足で終わっては駄目なのだ。


 しかし、今更この都市の仕組みを変えるなど、土台無理な話だ。

 メガラは全て分かった上で施しを与えた。


 メガラにとって、偽善であるかどうかは関係がなかった。

 全ては自分の気分次第。

 腹が減れば食う、眠ければ寝る。それと同じように、したいことをしただけ。

 だからメガラは、子供たちを必要以上に憐れむこともないし、貶すこともない。

 

 子供たちから遠ざかるメガラ。

 背後から女児の大声が聞こえた。


 「お姉ちゃん、ありがとう!」


 そのあとに続いて、男児の声。


 「あ、ありがとう!」


 メガラは、振り返らずに小さな声で言った。


 「達者でな」


 その声は、子供たちに聞こえなかったかもしれない。

 だが、別にいいと思った。


 子供たちがどう思うかは重要ではなかった。

 ただ、したいことをして、言いたいことを言った。

 それだけだった。


 

△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼ 


 

 メガラが宿に戻った時、すでにアルゴが部屋に居た。

 といっても、アルゴは眠っていた。

 ベッドで丸くなり眠る姿は、小動物のようだった。

 きっと、チェルシーとの訓練で疲れたのだろう。


 メガラは静かに動き、アルゴの傍に腰を下ろした。

 寝息を立てるアルゴを見つめる。

 

 不思議な感覚だった。

 湧き上がるこの感情は、どこかに置き忘れてきたものだ。


 友情ではなく、恋慕でもない。

 臣下に対する征服欲では決してなく、憧憬や礼賛であるはずがない。


 これは、そう。


 「愛情……か」


 今まで向き合うことを避けていたが、今この瞬間、その感情と相対した。


 アルゴは我が騎士だ。騎士に預けるべきは、己の命運と命。

 時には騎士を見捨てでも、余は生き抜かなければならん。

 しかし、その選択をアルゴに対して取れるか?


 「困った奴だな……」


 それはアルゴに対してか、自分自身に対してか、台詞を吐いた本人にも不確かだった。

 

 メガラは、アルゴの髪を梳くようにして優しく撫でた。

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