48.戦車
スラム街には、幾つかの勢力がある。
チェルシーが率いる勢力も、その幾つかの内の一つである。
その中で、チェルシーのことを目の敵にしている勢力があった。
それが、デズモンを首領とする勢力。
廃墟前の空き地には、緊迫した空気が満ちていた。
大勢の人間が居た。
デズモンは大勢の子分を従えて、チェルシーのアジトに押し寄せた。
数は五十人といったところか。
デズモンは、巨体を誇る若い男だった。
全身に纏うのは筋肉ではなく脂肪。
食料が不足しているこの地域で、どうやってそこまで脂肪を蓄えたのか、チェルシーには不思議だった。
「相変わらず太ってるねえ、アンタ」
デズモンは巨体を震わせて答えた。
「てめえは相変わらず、むかつく顔してんなあ」
「ハッ、それで、何の用だい? アンタの顔を見ると気分が悪くなるんだけどね」
チェルシーの背後には、チェルシーの部下が約二十人。
数ではデズモンの勢力が有利。
しかし、チェルシーにとっては些末な問題だった。
チェルシーは鉤爪を打ち鳴らし、デズモンを威圧する。
「さっさと帰りな。じゃなきゃ、マジで殺すよ」
チェルシーの威圧感に気圧され、デズモンの子分たちがざわつき始めた。
「てめえら! 静まりやがれえ!」
デズモンの一喝。子分たちは水を打ったように静まり返った。
「チェルシー! 強がっていられるのも今の内だ! ―――おい、こっちだ!」
デズモンはそう叫びながら、背後に顔を向けた。
その者は、空き地を囲う壁の一部を粉砕して現れた。
爆破が起きたかのように破片が飛び散り、粉塵が巻き上がる。
腹に響く重低音。
一歩大地を踏みしめるごとに足音が響いた。
その者は人族ではなかった。
顔は猪。全身を獣の毛で覆われた猪の獣人。
三メートル近くはあろうかという長身。巨大な体躯。
デズモンが小さく見えるほどの大巨漢だった。
デズモンは笑い声を上げた。
「カハハハッ! どうだ!? 驚いて声もでねえか!?」
チェルシーは、呆れたように返答した。
「はぁ……。なるほどねえ、それでそんなに強気だったのかい。新しいお友達が出来て、気が強くなってたんだねえ」
「てめえ、まだ余裕をかますか。まあ、いい。すぐに泣きを見せてやる。おい、ギボ! 奴をぶち殺せ!」
ギボと呼ばれた猪の獣人は、ゆっくりと頷いた。
「わ、わがった……」
ギボは両手と両足を地面につけた。
突進か。
チェルシーはギボの行動をそう予想し、背後に居る子分たちに指示をだした。
「アンタたちは下がってな! 巻き込まれるんじゃないよ!」
子分たちは素直に従った。あれは自分たちの手に負える相手ではない。
下手な加勢は却ってチェルシーの邪魔になる。
ギボは腕で地面の砂をかいた。
突進するための予備動作。
ギボから放たれる圧迫感は尋常ではない。
山が動き出す。そのような錯覚を覚えた。
チェルシーは鉤爪を構え、ギボを睨みつける。
どれだけ突進力があろうと、当たらなければ関係ない。
突進を避けつつ、ズタズタに引き裂いてやる。
そして、山が動き出した。
迎え撃つ覚悟を決めた時、チェルシーは音を聞いた。
その音は後ろから聞こえた。
地面を踏みしめる振動。ギボとは違う、巨体の持ち主。
「俺に任せろ!」
ランドルフだった。
ランドルフは身を低く屈め、ギボと衝突する勢いで前に飛び出した。
ランドルフの突進。
ランドルフも巨体ではあるが、ギボと比べれば見劣りする。
ギボが山ならば、ランドルフは大岩。
山と大岩の衝突ならば、大岩に勝てる道理はない。
しかし、ランドルフは常識を覆した。
「ふんぬッ!」
破裂音。衝撃が周囲に駆け抜ける。
ギボはランドルフに弾かれ、吹き飛んだ。
ギボの巨体が地面を転がり、廃墟の壁を破壊する。
ギボは壁の破片に埋もれ、そのまま沈黙。
場は静まり返った。声を上げる者はいなかった。
砂埃が収まった時、ようやくデズモンが声を上げた。
「なっ、なっ……なんだてめえ!?」
「ハーハハハハッ! 俺はランドルフ! 無双の戦士、ランドルフ・オグエンだ!」
ランドルフはニヤリと笑い、腰を落として地面に右手をつけた。
この時、チェルシーは確かに感じた。
魔力の奔流。その源泉はランドルフだ。
「嘘だろ……なんて魔力量だ……。他人の魔力を知覚出来るなんて始めてだ……」
「ええ。それがあの阿呆です。底なしの魔力量。あの阿呆から漏れ出る魔力は、他人が知覚出来るほどに濃い」
そう説明したのはザムエル。
ザムエルは続けて言う。
「あとはランドルフに任せればよろしいかと」
その言葉通り、ランドルフは敵を蹂躙した。
ランドルフは、突進でデズモンの子分たちを吹き飛ばしていく。
その様は、古代の戦で用いられたといわれる四頭立ての二輪戦車。
チャリオット。
チャリオットが敵を粉砕していく。
古代の戦がそのまま再現されたような、そのような光景だった。




