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5.森の中で

 アルゴとメガラは、死体となったハンクから装備品を剥ぎ取った。


 ハンクから奪った直剣と革鎧はアルゴが装備し、食料と水、銅貨はメガラが所持することとなった。


 貨幣の単位はルグ。

 銅貨一枚は一ルグであり、三ルグもあれば、一般的な市民の一日の食費が賄える。

 銀貨一枚は百ルグに相当し、贅沢しなければ、一月の食費を賄える程度の価値だ。

 そして金貨一枚は千ルグ。金貨が市場に流通することは殆どなく、一部の大商人や貴族などの上流階級の間で扱われるものである。


 ハンクは銅貨十枚を所持していた。

 銅貨を数えながら、メガラは悪態をついた。


「この程度しか所持していないとはな。分かってはいたが、この男、本当に雑魚だな」


「まあ、無いよりはまし……じゃないかな?」


「そうだな」


 そう言って、肩をすくめるメガラにアルゴは尋ねる。


「それで、これからどうするの?」


「ああ。では改めて。大陸西端に位置する、イオニア連邦。余はそこに行きたい。余をそこまで連れて行くのが、お前の使命だ」


「イオニア連邦……。そこには何が?」


「そこにはルタレントゥム魔族連合の残党が集結している。ゆえに、余はその者達と合流しなければならん」


「なるほど。ところで……」


「なんだ?」


「もし、俺がその使命を断ったらどうなるの?」


「試してみよう」


「え?」


 その瞬間、アルゴは異変を感じた。


「うっ……」


 突然、呼吸ができなくなった。

 額に汗が滲み、顔が青ざめていく。

 心臓が何かに締め付けられるような不快感がアルゴを襲う。


「これが答えだ」


 メガラの紫の瞳が、一際輝いて見えた。


 メガラは、苦しむアルゴに対して述べる。


「分かっただろう? 今や、お前の命は余が握っている。お前に断る、という選択肢はないのだ」


「わ、分かっ……」


 アルゴがいよいよ命の危機を感じた時、突然苦しみから解放された。


「分かればいい。ではよろしく頼むぞ。我が騎士アルゴよ」



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼



 森の中を歩きながら、アルゴは考えていた。

 まずは現在の状況を整理する。


 現在、アルゴとメガラは、アルテメデス帝国南東に位置する大森林に居る。

 ここから南下すれば、ミュンシア王国の領内に入ることができる。

 ミュンシア王国は、王国と名が付いているが、その実態はアルテメデス帝国の属国であり、傀儡国家である。


 ミュンシア王国はオリーブの栽培が盛んであり、オリーブの実から絞り出す良質なオリーブオイルは、大陸で広く利用されている。

 また、ミュンシア王国の南側は海と面しているため、海路を利用した交易も盛んである。


 アルゴとメガラの目的地は、まさにミュンシア王国。

 ミュンシア王国の港より出航する船に乗り、大陸西部へ行く算段であった。


 アルゴは、前を歩くメガラの後ろ姿に視線を移した。

 小さな背中だった。灰色の外套を纏い、小さな足取りで森の中を進むその姿は、か弱い子供そのもの。


 しかし、その子供の実態は、かつてルタレントゥム魔族連合の頂点に君臨した盟主、メガラ・エウクレイアなのだという。


 今更、メガラの言葉を疑うことはしないが、それでも現実と自分の認識をすり合わせるのは、もう少し時間がかかるかもしれない。


 アルゴがそんな風に考えながら歩いていると、前方からメガラの声が聞こえた。


「アルゴ、お前の話を聞かせろ」


「俺の?」


「ああ。お前がどこで生まれ、何を成し、どのようにして奴隷になったのか。それが知りたい」


「俺の話なんて、つまらないと思うけど……」


「そういう問題ではない。余はお前の主として、お前のことを知る義務がある」


「なるほど……。そういうことなら」


 そしてアルゴは話し始めた。


 アルゴの生まれ故郷は、アルテメデス帝国の東に位置する小国エリュトラ。

 政治体制は他国には類を見ない民主制を敷いており、国の指導者こそ一部のエリート階級から選ばれるが、民会と呼ばれる行政を司る機関は、一般市民で構成されているという稀有な国家であった。


 そんなエリュトラに対し、アルテメデス帝国の侵攻が始まったのは、アルゴが七歳の時。

 それまでエリュトラはアルテメデス帝国の衛星国という位置づけであったが、アルテメデス帝国はエリュトラの内政に対しては、大きく干渉をすることはなかった。


 侵攻のきっかけとなったのは、エリュトラの将軍クレイメトスが軍を私的に動かし、エリュトラの民を武力で支配したことにある。

 アルテメデス帝国は暴走したエリュトラ軍鎮圧の名分を掲げ、エリュトラへ大軍を派遣した。


 結果は火を見るよりも明らかで、エリュトラ軍は為す術もなく、アルテメデス軍に討ち滅ぼされた。

 圧倒的な軍事力で完勝したアルテメデス軍であったが、その勢いのまま、地下に潜っていた反乱分子を皆殺しにした。

 更に、帝国への反乱の兆しありとして、エリュトラの無辜の民を大量に捕らえ、そして奴隷として売り捌くという暴挙を働いたのだ。


 その時に奴隷となった者の一人こそが、アルゴである。

 アルゴは両親と引き離され、アルテメデス帝国の地方都市ラコニスの領主に売り捌かれた。

 初めの内は簡単な下働きをこなし、成長し体力がついてくると、過酷な農業に従事させられた。


 奴隷となってからのアルゴの人生は、灰色の人生だったといえよう。

 仕事をこなせば生きていくことは出来るが、そこには喜びや希望は存在しない。

 何も考えず、何も感じない。ただ、日々の仕事を黙々とこなすだけ。

 そういう存在にアルゴはなったのだ。


 メガラは歩きながら、言葉を放った。


「そうか……」


 たったそれだけ。それだけ言うと、メガラは黙り込んだ。


 無言の時間がしばらく続き、アルゴがメガラに何か話しかけようかと悩んでいた時、メガラは口を開いた。


「お前はツイているな」


「え?」


「お前は運がいい。こうして余の騎士として選ばれたのだからな」


「そう……かな?」


「そうだ。お前は今まで奪われ続けてきたのだろう? だったら、次はお前の番だ」


「俺の番?」


「次はお前が奪う番だ。余が許す。余が与えたその力で、存分に奪ってやれ」


「奪ってやれって……何から?」


 メガラは足を止め、アルゴの方へ振り返った。

 整った顔に、ニヤリと笑みを浮かべた。

 その顔は、悪戯を企む悪童のようであった。


「決まっている。全てだ。この世に蔓延る全ての理不尽からだ。お前の力で、お前の類まれなるその才で、全ての理不尽を殺し、奪ってみせよ」

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