47.大男
チェルシーがアジトへ辿り着いた時、想像していたものとは別の光景が広がっていた。
「アハハッ! お兄ちゃんすごーい!」
「ハーハハハッ! そうだろう! すごいだろう!」
子供たちは笑っていた。
子供たちと張り合うように大笑いしているのは、正体不明の大男。
大男は、腕や首に子供たちをしがみつかせて、クルクルと回っている。
チェルシーはその光景を遠目に見ていた。
そして安堵する。
子供たちに危険が迫っていると思い焦ったが、子供たちは楽しそうにしている。
アジトに響き渡る大音声。それは大男の笑い声だ。
丸太のように太い腕。巨大な体躯。
その巨漢の男の額には、反り返った二本のツノ。
肌は薄青色。そして二本のツノは、紛れもなく魔族である証拠。
「あの男、もしかして……」
「ええ。私の相方、ランドルフです」
背後から声が聞こえ、チェルシーは後ろに振り向いた。
後ろにはザムエルがいた。
「そうかい。早とちりしてしまったようだねえ」
「はい。ランドルフは思考というものをどこかに置き忘れた阿呆ですが、悪徒ではありません。どうかご安心を」
そうザムエルが答えた時、息を切らして坊主頭の男がやってきた。
「はぁ……はぁ……。やっと……追いついた」
チェルシーは坊主頭を軽く小突いた。
「紛らわしいんだよ、お前は」
「す、すいません!」
理不尽なチェルシーの物言いだったが、坊主頭の男は謝罪を述べた。
ザムエルは坊主頭の男の肩にそっと触れ「災難でしたね」となぐさめた。
チェルシーはランドルフに近付いて一言。
「おい、大男」
「ん?」
ランドルフはチェルシーに顔を向けた。
そのランドルフの姿を見てチェルシーは思う。
凶悪な顔に巨大な体。
異様な威圧感を放っているが、顔を見ればそこそこ若いということが分かる。
年齢はおそらく、ザムエルと同じくらいか。
「お主は?」
「アタシはチェルシー。子供たちが世話に―――」
「あ、お姉ちゃんだ!」
と子供たちが反応し、チェルシーの周りに集まり始めた。
チェルシーは優しく笑い、子供たちの頭に手を置いた。
「アンタたち、余所者に近付くのは危険だっていつも言っているだろう?」
「でもでも、このお兄ちゃんはいい人だよ!」
「ああ……そうみたいだね」
チェルシーはランドルフに視線を向けた。
ランドルフは大口を開けて笑い始めた。
「ハハハハハッ! お主がこの辺りの元締めか! なるほど、なかなかの面構えだ!」
「それは誉め言葉かい?」
「勿論だとも! その険しい目つき、燃えるような髪色、大きな傷痕。うーん、いいな! お主、俺と一緒になる気はないか?」
「はあ? 冗談は顔だけにしておきな」
「ハーハハハッ! 手厳しいな! だが、それもまたよし!」
なんだこいつ……。
チェルシーにとってランドルフは未知の手合いだった。
困惑の表情を浮かべるチェルシーに助け船が出された。
「ランドルフ、そこまでにしておきなさい」
「おお、ザムエル! どこに行ってたんだ、探したぞ!」
「それはこちらの台詞ですよ」
やれやれと首を振り、ザムエルは言う。
「チェルシーさん、ランドルフは見ての通りうつけですが、悪気はないのです。どうかご容赦を」
「……まあ、いいさ。子供たちが世話になったんだ、ゆっくりしていきな。何も持て成せないけどね」
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チェルシー、ザムエル、ランドルフの三人は廃墟内の大部屋に居た。
ザムエルは語る。
「私とランドルフは、ここと同じようなスラム街で育ちましてね、子供のころは常に死と隣り合わせでした。仲間が何人も死んだ。ですが、私たちは生き残り、成りあがった」
チェルシーは黙って聞いていた。
正直言ってザムエルの話に興味はないが、一度客人と認めたからには無下にもできまい。
ザムエルの語りは続く。
「それから私たちは国を出て、各地を回りました。うーむ、この世界は実に広い。チェルシーさん、この国から出たことはありますか?」
「まあ、アタシはこの国の出身ではないんでね。ここからずっと東の方に故郷がある」
「そうですか。では大陸の西や北へ行ったことは?」
「ないね」
「では、一度行ってみることをお勧めしますよ。きっと見識が広がるはずです」
「……そうかい」
「ええ。各地を回りながら私は思いました。もっと見てみたいと。この世界の全てを余すところなくね。この目は、それを要求しているのです」
ザムエルは、額の目を指さしながらそう言った。
「へえ……。それで、この都市はアンタを満足させたかい?」
「ええ、ええ。それは勿論。ここは人々の思惑が入り乱れる混沌の都市。実に私好みですよ」
「……アンタ、やっぱり変わってるね」
「そうでしょうか? ランドルフはともかく、私は自分のことを凡庸な魔族だと認識しておりますが」
「ハハハハッ! それはそうだ、ザムエル! 俺と比べれば、誰もが凡夫と化す! 俺こそは真の益荒男。三千世界を見回しても、俺に比肩する者なし!」
「大口を叩くのはお止めなさい。余計に阿呆に見えますよ」
「むむ?」
「……フッ。やっぱり変だね、アンタたち」
「おお! 笑った顔も美しいな! チェルシーの姉御よ!」
「……やめな。気色悪い」
「ハーハハッ! そうかそうか、それはすまなかった!」
大口を開けて豪快に笑うランドルフの様子に、チェルシーは深い溜息をついた。
そして、何を言っても無駄だと悟った時、ドタバタと足音が聞こえた。
「ボ、ボス! 大変です!」
部下の一人が大部屋に飛び込んできた。
やれやれ、またこのパターンか。
チェルシーは、うんざりしながらも尋ねた。
「どうしたんだい?」
「デズモンの奴です! 奴ら、戦争を仕掛けてきやがった!」




