46.怪しき者
つまり、黎明の剣とはどういった組織か?
その問いにリューディアは、はっきりと答えた。
正義の組織と。
団長はそれを否定するだろうけど、私はそう思っているわ。
リューディアは、そう付け加えた。
チェルシーはリューディアから黎明の剣について聞かされた。
サルディバル領、サン・デ・バルトローラに本部を置く傭兵組織。
それなりに大きな組織のようで、サルディバル領の領主レアンドロ・サルディバルと長期契約を結んでいるらしい。
その活動理念は、黎明の剣を磨き上げ、世界を飲み込もうとする闇を切り裂くことにある。
と、リューディアはぼかすように答えたが、なんとなく察しはついた。
最後にリューディアは言った。
闘技大会が終わったら、黎明の剣本部を訪れなさい。
君に道を指し示すことができるかもしれない。
リコル村という小さな村は、復興と人の受け入れを始めている。
そこに貧しい子供たちを移住させる道もある。スラムの劣悪な環境よりは良いのではないかしら?
チェルシーは下級市民区画を歩きながら、そのリューディアの言葉を思い出していた。
ちなみに、リューディアは今、この都市にはいない。
この都市で足止めとなり時間ができたので、一時的に黎明の剣本部に戻るらしい。
おそらく、団長にこれまでのことを報告するのだろう。
チェルシーは今、宿屋アレッテからアジトへと帰るところだった。
宿屋でアルゴと軽く打ち合わせをした帰りだった。
闘技大会に備え、アルゴと共に打ち合わせと訓練の毎日である。
アルゴに訓練は不要かもしれないが、チェルシーには必要だった。
ペアとなる者の戦い方をよく知らなければ、本番で息を合わせるのは難しい。
そんなことを考えつつ、人通りの少ない路地を曲がった時、妙な人物が居た。
「まいったなあ。まいったなあ……」
その人物は、しきりにそう呟きながら、小さな円を描くように歩いていた。
若い男だった。年頃は二十代。
その人物は異質だった。言動もさることながら、外見的にも他の者とは異なっていた。
肌は薄青色。額に第三の目。頭部から太い二本のツノ。
その外見的特徴からいってまず間違いない。
「魔族……か」
チェルシーはそう声を漏らしてしまった。
そのチェルシーの呟きに、男は反応した。
「おや?」
男はチェルシーの方へ顔を向けた。
青い肌や第三の目は異質だったが、男の顔は眉目秀麗といってよかった。
男はチェルシーの姿を確認したのち、照れたような笑みを浮かべた。
「ああ、はい。魔族です。珍しいですよね?」
「あ、ああ……いやすまない、不躾だったね。他意はないんだ。それじゃあ、アタシはいくよ」
チェルシーは、そう言って素早く身を翻した。
なんとなく思った。こいつとは関わってはいけない気がする。
しかし、チェルシーは足を止め、背後に視線を向けた。
チェルシーは男に腕を掴まれていたのだ。
「どういうつもりだい?」
「ああ、いえ、すみません。実は私、困っていまして。お力をお貸し頂きたいのです」
「まあ、困っているのは見れば分かるが……」
チェルシーは、肩をすくめて続きを言う。
「分かったよ。聞くだけ聞いてやる」
男は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます! いや、助かります。通りゆく者に声を掛けていたのですが、何故だか避けられているようでして、話を聞いてもらえなかったのです。やはり、私が魔族だからでしょうか?」
知らないよ。とチェルシーは答えそうになったが、咄嗟に口を噤んだ。
ミュンシア王国は魔族に対して偏見の少ない国ではあるが、それイコール友好的というわけではない。
それに、実際に額の三つ目を目の当たりにすれば、よほど肝が据わっている者でなければ面食らってしまうだろう。
「まあ、残念だけどそうなのかもねえ。……で、用件は?」
「おっと、そうでした。いえね、私の相方を探しておりまして。私と同じ魔族で大きな男なのですが、見かけなかったでしょうか?」
「魔族で大きな男……か。悪いけど知らないねえ」
「そうですか……」
男の返事を聞いて、チェルシーは「それじゃあ」と言って身を翻した。
しかし、また男に腕を掴まれた。
「まだ何かあるのかい?」
「ええ、ありますとも。思い出したのです。相方は確か、無産者たちが集まる場所に興味を持っていました。そこがどこにあるのか分かりませんか?」
「……」
「おや、その顔、ご存じなのですね?」
男は僅かに笑みを浮かべ、目を細めた。額の目も細まり、その相貌はどこか怪し気で不気味だった。
だが別段、悪意のようなものは感じなかった。
チェルシーは、肩をすくめ返事をした。
「知ってるもなにも、そこがアタシのホームさ」
「おお! そうでしたか!」
「アンタ、名は?」
「おっと、申し遅れました。私はザムエル・ゴードンと申します。流れの魔族で御座います」
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チェルシーはザムエルを連れ立ってスラム街に到着した。
今にも崩れそうなボロ小屋。路肩に積み上げられたゴミの山。
漂う汚臭。衛生環境は最悪の部類だった。
通りを歩く者たちの表情には、生気や活力といったものは見られない。
路地に座り込んでいる者や、呆けたように立ち尽くしている者が居る。
最下層者たちの掃き溜め。そんな表現がしっくりとくるような場所であった。
この場所には、親が居ない子供はざらにいる。
そういった子供たちは、その日を生きることに全力を傾けなければならない。
施しを受けることはなく、大抵の子供たちは悪事に手を染める。
下級市民区画に繰り出して盗みを働く者、商店に押し入って強盗を行う者、なかには殺人を犯してしまう者もいた。
チェルシーの目的は、そういった子供たちを一人でも減らすことであった。
しかし、スラム街に生きる全ての子供を救うことは不可能。
現状は、チェルシーが支配する地域の子供たちを救うだけで精一杯であった。
チェルシーは歩きながら、隣のザムエルに話しかけた。
「驚かないんだね。こういった場所には慣れているのかい?」
ザムエルは平然と答えた。
「ええ、慣れています。むしろ懐かしさすら覚えますよ」
「へえ……」
チェルシーは、ザムエルの発言を深堀することはしなかった。
気を使ったわけではない。なにより興味がなかった。
その時だった、前方から足音と大声が聞こえた。
「ボ、ボス! た、大変です!」
坊主頭の若い男。チェルシーの部下だった。
慌てた様子の部下に対し、チェルシーは冷静に問い掛けた。
「どうしたんだい?」
「みょ、妙な大男がアジトにやってきて、こ、子供たちが―――」
その瞬間、チェルシーの目つきが変わった。
表情が険しくなり、眼光が鋭さを増す。
そして、チェルシーは飛び出した。
ザムエルと部下を置いて、全力で駆ける。
「ま、待ってください!」
ザムエルが呼び止めるのを無視し、チェルシーは走り続けた。




