45.奴隷剣闘士
「ここからずっと東の国さ。そこでアタシは奴隷だった。奴隷といっても農奴じゃない。闘技場で戦うことを強いられた奴隷。奴隷剣闘士ってやつだねえ」
月明かりに照らされながら、チェルシーは語り続ける。
「アタシは運がよかった。アタシには戦う才能があった。長い間、アタシは戦い続け、勝ち続けた。そしてついに、あと一勝すれば自由が得られるというところまで辿り着いた」
チェルシーはチラッとリューディアの反応を窺う。
リューディアは黙って話を聞いていた。
その様子を確認し、チェルシーは続ける。
「アタシがいま生きているということは、つまり勝利したということだけど、最後に戦った相手は強かった。奴は独特の剣術でアタシを追い詰めた。しかも、癪に障ることに奴は笑いながら戦っていた。楽しそうに笑い、おまけに身の上話を戦いの最中にベラベラと喋ってきやがった」
チェルシーは、記憶を引っ張りながら語りを続ける。
「奴の名は……なんだったかな。忘れたよ。でもそれ以外のことは覚えている。奴はここバファレタリアで奴隷剣闘士をやっていたらしい。奴は勝ち続け、自由を得た。だけど、せっかく自由を得たというのに、奴はまた剣闘士となった。自ら剣闘士となることを選んだんだ。正気とは思えなかった。なあ、奴は何故そんなことをしたと思う?」
チェルシーから尋ねられ、リューディアは答えた。
「自ら剣闘士となる者の理由は、だいたい二つよ。ルグが目当てか……あるいは、血と闘いの神に取り憑かれたか。話を聞く限り、その人は後者ね」
「フッ、よく分かってるじゃないか。そうだよ、奴は闘いが忘れられなかったようだ。敵の骨を砕いた時の感触が、敵の苦悶の表情が、敵の呻きと共に浴びる観客からの歓声が。それらが、奴を闘争に駆り立てた。まさに闘争の猛者。まあ、それでも勝ったのはアタシさ。奴に勝ったアタシは自由の身となったわけだけど、行く当てがなかった。そこで思い出したんだ。奴が語ったこの場所のことを」
「ここは、剣闘士を育てる訓練場だったのね?」
「そうだ。奴はここで育った。奴はここでの生活がどんなに良かったか語っていたねえ。いかれた奴の言うことはよく分からない。訓練所の生活が楽しいだなんて、正気ではないよ。だけど……なんでかねえ、いつの間にかアタシはここに来ていた」
「それで君は、ここに根を下ろした。ここがそんなに心地よかったの?」
「いいや。アタシがここに来た時には、この訓練所は放棄されていた。アタシはすぐに立ち去ろうと思ったんだけどね……」
「見てしまったのね。この都市の過酷な現実を」
「まあ、そんなところだ。この都市では弱者に救いの手は差し伸べられない。まあ、アタシの生まれ故郷も似たようなもんだったけど、この都市は特別クソだと感じたね。知っているかい? 都市の金持ちどもが努力すれば、このスラムを無くすことはできるんだ。だけどそれをしない。それを、敢えてしないんだ。人ってのはね、自分より下の存在がいると安心するんだ。だから上の奴らは敢えてこのスラムを放置している。自分たちが安心できるように」
「……」
「まあ、そんなことはどうでもいい。そんなことを言っても仕方がない。アタシは今までたくさん殺してきた。命を奪ってきた。だから思ったのさ。これからは、逆に命を救ってもいいんじゃないかって……」
「フフッ」
「……なにが可笑しい?」
「ごめんなさいね。やっぱり私の目に狂いはなかった。君、いいわね」
「はあ?」
「いいわ、君には話しましょう。私……いや、私たち黎明の剣についてね」




