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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第二章

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44.廃墟にて

 満月の夜だった。

 リューディアは、一人で宿から出た。


 下級市民区間は静まり返っていた。

 夜に出歩く者は殆どいない。


 狭い路地を歩き続けていると、だんだんと街並みに変化が訪れる。

 ボロ小屋や廃墟。排他的な空気。風に紛れ、漂う汚臭。


 リューディアの目的地は、スラム街のゴロツキどもの根城だった。

 アルゴとチェルシーが戦った場所に立ち、周囲を眺める。


 朽ち果てた廃墟。

 それなりに大きな建物だが、その機能は完全に失い、放棄された施設だった。


「多分この建物は訓練場ね」


 一人そう呟いた。

 建物内部の構造と、建物の前方に広がる空き地。

 土の地面は所々窪んではいるが、よく(なら)されている。

 それらから予想できた。


 静寂の夜。リューディアの独り言に対して反応する者がいた。


「その通りだよ」


 そう声を発したのは、チェルシー・メイ。

 細身で長身。緋色の長い髪を後ろで三つ編みにした若い女。

 仮面は着けていなかった。


 リューディアは、足音を立てずに近付いてくるチェルシーを見据えた。


「よかった、出て来てくれて。どうやって君を起こそうかと考えていたの」


「ハッ、よくいうよ。その槍をブンブン振り回されちゃあ、うるさくてかなわない」


「あら、ごめんなさい。ちょっと軽い準備運動のつもりだったのだけど」


「人の庭で迷惑な奴だねえ。で、何の用だい?」


「ちょっと君と、()()がしたくって」


 リューディアは槍を頭上で振り回し、切っ先をチェルシーに向けた。


 チェルシーは、腰から下げた鉤爪に手を掛けた。

 鉤爪を両腕に嵌め、ニヤリと笑った。


「面白い。アタシもアンタと話がしたいと思っていたんだ」


「奇遇ね。では、始めても?」


「ああ、きな」


 リューディアは動いた。

 素早く地面を駆け、槍を突き出した。

 槍が風を裂き、唸りを上げる。


 チェルシーは槍を避け、前進。

 鉤爪を振るう。


 鉤爪がリューディアの顔面を切り裂こうとする。

 だが、チェルシーは己の体に急ブレーキをかけて鉤爪を止めた。

 槍の方が速かったから。


 槍が薙いだ。槍の横振り。

 チェルシーは素早く身をかがめ、槍を躱す。


 その後、突き出される槍の穂先。


「―――速い!」


 連続する槍の刺突。

 チェルシーの動体視力をもってしても、見切るのは容易ではなかった。


「ちッ!」


 怒りを露わにし、チェルシーは後退。

 リューディアは追撃せずに槍を構え直した。


 チェルシーはこの時点で理解していた。


 このエルフ、アタシより強いね……。


 チェルシーは大きな溜息を吐いた。


「まったく、これでもそこそこ腕に覚えはあったんだけどねえ。アルゴといい、アンタといい、中々に傷つけてくれるじゃないか」


「あらそうなの? でもよかったじゃない。そんな小さな誇りは、早めに捨てた方がいいわよ」


「余計な―――お世話だよ!」


 チェルシーは怒声を上げ、地面を駆けた。

 リューディアに接近。


 チェルシーは目を見開き、槍の動きを凝視。


 来る!


 リューディアの突き。

 チェルシーは直前で槍を躱し、そのまま前進。

 鉤爪を振り翳し、地面を蹴り上げる。


 チェルシーの突撃。

 リューディアは槍を横に振るよりも、避けることを選択した。


 リューディアは後ろに飛び跳ねて鉤爪を躱したが、ギリギリのタイミングだった。

 パラパラと金の髪の毛が地に落ちた。

 鉤爪がリューディアの髪の毛を掠め、その幾つかが切り裂かれたのだ。


「あら、速いわね。でも―――」


 リューディアは槍の穂先をチェルシーに向けた。


「次は討ち取るわよ」


 チェルシーは「ちッ」と舌打ちをした。

 今のリューディアの宣言。それはハッタリではない。

 リューディアに同じ攻撃は通じない。

 チェルシーはそれを感覚で理解していた。


 しかし、チェルシーは身を屈め突撃の構えを取った。

 分かってはいるが、勝機は一つ。それは速さ。速さを活かして勝つしかない。


「それで本当にいいの? 本当に討つわよ?」


「ハッ、やれるもんなら―――やってみな!」


 チェルシーの突撃。

 鍛え抜かれた肉体が稼働。

 肉食獣が獲物に向かって飛び掛かるような、鋭い動き。


 槍が突き出される。

 唸る直槍。さっきよりも速度が上がっている。

 これを躱すのは至難の業。


 チェルシーは槍に貫かれる前にピタッと足を止めた。

 槍の穂先はチェルシーの鼻先で止まった。

 チェルシーが槍に貫かれることはなかったが、間合いは槍の方が広い。

 槍の間合いに踏み込まなければ、チェルシーの攻撃は通らない。


 チェルシーはニヤリと笑みを浮かべ、声を上げた。


「これでも喰らいな!」


 そう言って、掌に隠していた砂粒をリューディアに放った。


「きゃっ!」


 リューディアから思いのほか可愛らしい声が漏れた。

 リューディアは顔をそむけてしまった。


 それは、一対一の勝負では致命的であった。


「もらった!」


 チェルシーは槍の間合いに踏み込んだ。

 チェルシーは確信する。これは通った。

 思った通りだ。上品なエルフにはない発想だっただろう。

 砂粒による目つぶしなど。


 アンタが強いのは分かったよ。でもね、勝つのはアタシだ!


 チェルシーは、ニヤッと勝利の笑みを浮かべ鉤爪を振るう。


 しかし、次の瞬間、チェルシーの顔が歪む。


「―――いッ!」


 チェルシーは苦し気な声を発した。


 槍の石突だった。槍の石突がチェルシーの腹部に入った。


 リューディアは舌を出し、チェルシーに言う。


「ごめんなさいね」


 チェルシーは地面に膝を付けてしまった。

 強烈な痛み。立っているのは無理だった。


「ア、アンタ……さっきのは演技……か?」


「けっこう上手だったでしょう?」


「くそ……アタシの目つぶしを読んでいたってのかい? まさか、上品なエルフが……?」


「なにかしてくるとは思っていたわ。だから警戒していたのよ。残念だったわね、私が上品なエルフではなくって」


「ちッ……くそエルフが」


「あら口が悪いわね。で、まだ立てるかしら?」


「立てはするが……。ああ、くそ! アタシの負けだよ!」


「ふふん。素直でよろしい」


 リューディアは、したり顔で槍を地面に突き刺した。


「さあ、たっぷりと運動もできたことだし、ここからは本当の会話をしましょう」

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