43.若き王子
王都バファレタリア特権区画。フレムベルク王宮。
王宮のとある一室。白い壁に囲まれたこの部屋は、客室として利用されていた。
大きな窓から外を眺めると、王都の様子が一望できる。
「いい眺めですねえ」
アルテメデス帝国将軍、クリストハルト・ベルクマンは、外を眺めながらそう言った。
「そうでしょう。バファレタリアは今や世界有数の豊かな都市。この都市がここまで発展できたのも、アルテメデス帝国と、ひいてはマグヌス陛下のお力あってのことでございます」
そう言いながら笑顔を見せたのは、浅黒い肌をした若い男。
上流階級の者たちが好む、この国特有のゆったりとした衣装を纏ったこの男の名は、セオドア・ブルファレース。
ブルファレース王家の第三王子である。
クリストハルトは、うねった髪の毛を触りながら答えた。
「いやいや、そのような世辞は不要ですよ。私はおべんちゃらは好きではないのでねえ。どうか素で接して頂けると助かります」
「そんな! これは世辞ではありません! 私は心より貴方がたに敬服しているのです!」
語気を強めるセオドア。
クリストハルトは、気付かれぬように小さく溜息を吐いた。
はぁ、面倒くさいなあ。
何度目かになる愚痴を心の中に押しとどめて、クリストハルトは無理やり笑顔を作った。
「そうですか。それは素晴らしい。あー、それで、私を呼んだ目的は何です?」
「そのような下心はありません。アルテメデス帝国の大将軍にして、ヴィラレス砦の主であるクリストハルト殿。常日頃から我々を守護してくださっている貴方に、私はほんの少しのお返しをしたいだけに御座います」
「ふーむ」
クリストハルトは顎を擦りながら唸った。
やはりこの王子、めんどくさい。
セオドアは若い。見た目もよく、民からの人気もある。
強引なところはあるが、そこそこに優秀な男だ。
しかし悲しいかな。セオドアは第三王子。順当にいけば次の王は第一王子であるセノールドになるだろう。
セオドアは口ではこう言っているが、若さゆえか自身の野望を隠しきれていない。
大方、アルテメデス帝国皇帝の信を得ることで、強引に王の座に就こうとでもしているのだろう。
皇帝が一言命じれば、すべてはその通りになる。それほど皇帝の権威は強い。
だがそれは、クリストハルトには欠片も関心のないことだった。
それに、俺に媚びを売っても意味がない。俺はこの地域の守護職。
帝都におわす皇帝の拝謁を賜る機会はそう多くない。
だから媚びを売るのは俺じゃなく、帝都に近い役人どもにするべきだ。
それに俺は腹芸が嫌いだ。
はっきりとセオドアにそう言ってやろうか、と考えたところで部屋に従者がやってきた。
従者はセオドアとクリストハルトの前で跪いたあと、黄金の杯に赤黒い液体を注ぎ始めた。
セオドアは杯を二つ受け取り、一つをクリストハルトに差し出した。
「これは非常に希少な葡萄酒でして。是非とも飲んで頂きたい」
「それはありがたい」
クリストハルトは杯を受け取り、液体を覗き込んだ。
セオドアは、何かに気付いたように口を開いた。
「ああ、毒見をさせましょうか」
そう言って従者に視線を向けた。
クリストハルトは、すぐさま反応した。
「いえいえ結構。頂きましょう」
クリストハルトは躊躇わず、一気に酒を呷った。
「素晴らしい飲みっぷりです」
「うーん、これは美味しい。酒には目がないものでね。お代わりを頂けますかな?」
「ええ、勿論」
従者は差し出されたクリストハルトの杯に酒を注いでいく。
その様子を眺めながら、セオドアは言った。
「そうだ。近々行われる闘技大会のことはご存じでしょうか?」
「ええ、知っていますよ。大会が開かれるのは五年ぶりだとか?」
「そうです。今回の大会は、奴隷共が棒切れを振り回すだけのつまらない闘技ではありません。今回の大会は、出自や貴賤に関係なく万人が参加資格を持ちます。きっと強者が集まってきますよ」
「ふーむ。そうかもしれませんなあ。ですが、所詮は殺しのないお遊びでは?」
「フフフッ。クリストハルト殿、今回はこのセオドアが大会の仕切りを執り行います。必ずや、大成功させてみせます。どうぞ、その目でお確かめください」
「ほう、それはそれは……」
クリストハルトは葡萄酒を口に含み、窓の外を眺めた。
闘技大会……ね。




