40.小さな守護者たち
アルゴは、チェルシーの隙を突いて拳と蹴りを放つ。
チェルシーはアルゴの攻撃を躱すが、時間の経過と共に被弾回数が増えていく。
アルゴの拳がチェルシーの脇腹に沈んだ。
「くッ……」
顔をしかめ、チェルシーは鉤爪を薙いだ。
アルゴはそれを後ろに下がって躱し、お返しに中段蹴りを放った。
アルゴの蹴りがチェルシーの脇腹に直撃。
「くそッ!」
チェルシーは痛みをこらえ、怒号を上げた。
それからチェルシーは、少しだけ戦闘スタイルを変えた。
攻撃に蹴りを織り交ぜ始めた。鉤爪と蹴りのコンビネーションがアルゴに襲い掛かる。
しかし、アルゴに攻撃が当たることはなかった。
アルゴはチェルシーの攻撃を躱し、正確に隙を突いて反撃。
アルゴの蹴りが、またチェルシーの脇腹に入った。
「くッ……同じところを何度も……」
チェルシーは後ろに跳び退いてアルゴと距離を取ったのち、地面に膝をつけてしまった。
苦し気な表情で脇腹を押さえるチェルシー。
「降参しますか?」
「くッ、舐めてくれるじゃないか……」
チェルシーは地面に唾を吐いて立ち上がった。
背を若干前に曲げ、わずかに左右に揺れる。
仮面に空いた二つの穴から、チェルシーは標的を見据える。
「アンタが強いのは分かったよ。もしアンタがその気なら、アタシはとっくに死んでるね。だけどね、アタシは死んでない。結局はね、生き残った方が勝者だ!」
チェルシーは地面を蹴り上げた。
素早い動きでアルゴへと接近。
そして、鉤爪を振るった。
アルゴは無表情で鉤爪を避けた。攻撃を避けるだけならば、もはや見なくてもできる。
鉤爪が空を裂いた直後、チェルシーは右脚で上段蹴りを放った。
右脚がアルゴの首へ迫る。
鋭い蹴りだったが、躱すのは容易だった。
すでにチェルシーの蹴りが届く範囲は見切っている。
アルゴは蹴りの範囲から逃れるため、わずかに後ろに下がった。
その刹那。チェルシーは笑みを浮かべた。
チェルシーの靴の先から刃が出現。隠されていた刃。刃渡り約十八センチの刃がアルゴの首筋へと振るわれる。
獲った!
チェルシーは勝利を確信した。この刃は、間合いを正確に読む相手にこそ通りやすい。
通常の蹴りを十分に意識させたあと、突然現れる刃。これを躱すのは至難の技。
一撃必殺。逆転の一手。
しかし。
「なに!?」
刃が空を切った。
アルゴの首を裂くことは出来なかった。
アルゴは刃の範囲から逃れていた。
驚愕の表情を浮かべるチェルシーにアルゴは言う。
「やっぱり、何か仕込んでいると思ったんですよね」
「な、なんだって? ど、どうして気付いた?」
「さあ? なんとなくです」
「なんとなく……だって?」
チェルシーは怒りの形相で怒号を上げた。
「ふざけるな!」
そう叫び、アルゴへと突撃。
両手の鉤爪を打ち鳴らし、勢いよく横に払った。
しかし、アルゴを捉えることは出来なかった。
鉤爪が空振り、チェルシーに隙が生まれる。
その隙を逃さず、アルゴはチェルシーの顔面に蹴りを入れた。
「―――くッ!」
チェルシーはアルゴの蹴りの衝撃を利用し、転がるように後ろに退避。
そして体勢を立て直そうとしたところに、再びアルゴの蹴り。
顔面に蹴りを入れられ、チェルシーは意識が飛びそうになるが、どうにか持ちこたえる。
脳が揺れて平衡感覚を失うが、アルゴの気配を感じ、鉤爪を薙いだ。
鉤爪が空を裂き、アルゴの蹴りがチェルシーの顔面に直撃。
チェルシーは地面を引きずるようにして吹き飛んだ。
この時点で勝負はついていた。
チェルシーは、すでにまともに立てる状態ではない。
対するアルゴは無傷。
どちらが勝者であるかは、誰の目にも明らかだった。
しかし、チェルシーの闘志はまだ消えていなかった。
地面に右の掌を付けて、チェルシーは叫んだ。
「まだだッ!」
チェルシーはアルゴを睨みつけた。チェルシーの瞳に映るのは、アルゴの姿のみ。
その時だった。チェルシーの仮面がひび割れ、砕け散った。
アルゴの蹴りによって、仮面が壊れたのだ。
チェルシーの顔が露わになった。
意志の強そうな眼差し。剥き出しの犬歯。
顔立ちは整っているが、野性的で荒々しい表情が狂暴な肉食獣を思わせる。
そして、どうしても目に留まる特徴があった。
顔には傷があった。顔の中心に斜めに入った大きな傷痕。
「その傷、どうしたんですか?」
「はっ、答える義理はないね」
「確かに。余計なことを訊いてすみませんでした」
「……なんだいアンタ。調子が狂うねえ」
「それでどうします? まだ続けますか?」
「当たり前だ。アタシはまだ動けるよ」
「そうですか。じゃあ次で決めます」
アルゴは地面を蹴り上げて加速。
チェルシーへと接近。
チェルシーは実のところ、もう動けなかった。
だから、アルゴの攻撃が放たれるまでの数秒間で考えなければならない。
ここから逆転をする方法を。
どうする。どうすれば勝てる。
頭をフル回転させるが、逆転の一手は浮かばなかった。
アルゴはもう目と鼻の先に居る。
アルゴの蹴りをもう一発喰らえば、意識が飛んでしまうだろう。
そうなればアタシの負けだ。
「くそがッ!」
チェルシーが怒鳴り声を上げたその時だった。
「やめて―――!」
と子供の声が聞こえた。
アルゴは、ピタッと動きを止めてしまった。
突然聞こえてきた声は、幼い子供の声だった。
子供特有の高い周波数。声の感じから言って、メガラと同じぐらいの年頃だろう。
そして、複数の足音が聞こえた。
足音と共に、沢山の子供たちがチェルシーに駆け寄る。
子供たちの年齢は、十歳前後といったところ。
その子供たちが、アルゴの前に立ち塞がった。
それはまるで、チェルシーを守るかのようだった。
一人の少女が声を上げた。
「チェルシーお姉ちゃんをイジメないで!」




