39.鉤爪
アルゴは屋外に出た。
土の地面。周囲には朽ち果てた廃墟。
アルゴの前方、約五メートル先に仮面の女。
仮面の女の両腕には、鈍く光る鋭い爪。
それは、手甲鉤と呼ばれる武器で、手甲に爪のような鋭利な刃物が装着されている。
爪の数は片腕に四つ。左右合わせて八つの爪。
仮面の女はアルゴに声をかけた。
「ルールはシンプルだよ。相手を降参させた方が勝ち。いいね?」
「はい」
「アンタ丸腰かい? ならこれを使いな」
そう言って、直剣が投げられた。
直剣はアルゴの目の前に着地。
アルゴは投げられた剣を拾った。
だが、鞘から刀身を抜かなかった。
「どうしたんだい? まさかとは思うが、殴り合いをするとでも思ったのかい?」
フッ、と笑って女は言う。
「そんなわけないだろう? 今からやるのは命を賭けた戦いさ。死にたくなけりゃあ、早めに降参することをオススメするよ」
「……」
「なんだい、黙っちゃって。怖くなったのかい? やめたいならやめてもいいよ。その場合は、当然アタシの勝ちってことになるけどね」
「いえ、やめません。けど……」
「ん?」
アルゴは剣を脇へ捨てた。
「剣は要りません。あなたを殺してしまったら、あなたを連れて行くことが出来ませんから」
「へえ、アタシに殺されることは心配しないのかい?」
「はい。多分その心配はないです」
「言ってくれるねえ」
仮面の女は、腰を落として構えを取った。
「アタシの名はチェルシー・メイ。ズタズタに引き裂いてやる」
「俺は―――」
アルゴの名乗りを聞かず、チェルシーは動いた。
前傾姿勢でアルゴへと接近。
鉤爪を素早く振る。
鉤爪が空を切る。アルゴは後ろに下がって鉤爪を避けた。
「いい動きだね!」
チェルシーはアルゴに称賛を送りつつ、鉤爪を振り続ける。
ブンブン、と風を切る音が鳴る。
アルゴは鉤爪を躱し続ける。
躱しながら、感想を浮かべる。
結構速いな。
その速さは並ではない。
速さだけならば、ベインの剣速よりも上。
強い。傭兵を返り討ちにしたのは、間違いなくチェルシーだ。
チェルシーの動きは速い。かつ、隙がない。
相手に反撃の糸口を与えない。
しかしそれは、アルゴには関係がなかった。
アルゴにはチェルシーの隙が見えた。
ブン、と鉤爪が空を切った直後、アルゴはしゃがみ込んで蹴りを放った。
チェルシーの足を狙ったアルゴの蹴り。
アルゴの動きは速かったが、チェルシーも速かった。
チェルシーは飛び上がってアルゴの蹴りを躱した。
そして、空中から鉤爪を振り下ろす。
アルゴはサイドステップで鉤爪を躱すつもりだった。そのために地面を蹴った。
だがチェルシーはアルゴの動きを読んでいた。
チェルシーは空中で突然身を捻り、鉤爪を横に払った。
鉤爪がアルゴの顔面へと迫る。
鉤爪がアルゴの顔面を引き裂こうとする直前、アルゴはしゃがみ込んで鉤爪を躱した。
その後、アルゴは後ろに跳んで距離を取った。
「今の動きは驚いた。あんな風に動ける人間がいるんだ……」
人間離れしたチェルシーの動き。
鋭く、しなやかに稼働する肉体の動きは、獲物を狩ろうとする獣のようだった。
「アンタ、マジでやるねえ。ここまで躱され続けたのは初めての経験だよ。殺すのは惜しい。どうだい、逆にアンタらがアタシに付き従うっていうのは?」
「お断りします。それに、心配しなくても大丈夫です」
「心配だって?」
「はい。だいだい分かったんで、もう大丈夫です。あなたに殺されることは、絶対にありません」
「ククッ。余裕ってわけかい。面白い。その余裕、いつまで持つかな?」




