4.開花
ニードルスパイダーが目前まで迫っていた。
アルゴはメガラから短剣を渡された。
渡された短剣を順手で握り、適当に構えを取った。
今日、生まれて初めて見た人を殺す化け物。
巨大な蜘蛛の魔物。
その醜悪さに足が震えるが、己を奮い立たせて魔物を睨みつける。
逃げてもいずれ捕まってしまう。
どうせ死ぬのなら、戦って死ぬほうがいい。
それに……。
アルゴは己の身に起きた変化を感じ取った。
メガラと契約を結んだ直後のことだ。
体の内側から力が溢れ、肉体は再構築された。
不自由だった右脚は、いまや自由に動く。
肉体は、かつてないほど自在に動いた。
体から生命力が漲っている。
今ならば。
ニードルスパイダーの牙がアルゴの体に突き刺さる前に、アルゴは動いた。
真横に跳び、牙を躱した直後、短剣を投擲。
短剣はニードルスパイダーの頭部に突き刺さった。
ニードルスパイダーは激しく痙攣するが、それでも死ななかった。
ニードルスパイダーは、再びアルゴに向かって突進。
アルゴは、頭に湧き上がるイメージ通りに体を動かした。
ニードルスパイダーが目と鼻の先に迫った時、アルゴは空中でバク転を決めた。
アルゴは空中で回転し、靴底で短剣の柄頭を押し込んでニードルスパイダーの脳を傷つけた。
アルゴは短剣の柄頭を押し込んだ勢いを利用して、空中で更に一回転。
ニードルスパイダーから離れた位置で着地。
ニードルスパイダーは激しく痙攣した直後、体を硬直させ動かなくなった。
そのまま、二度と動くことはなかった。
メガラは一部始終を見ていた。
思わず、声が漏れた。
「少年、お前は何者だ……」
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アルゴとメガラはダンジョンから脱出し、森の中に居た。
静かな森の中で、メガラは口を開いた。
「改めて自己紹介しよう。余の名はメガラ・エウクレイア。かつては、ルタレントゥム魔族連合で盟主を務めていた者だ」
「え?」
「どうした?」
「いや、ルタレントゥム魔族連合の盟主って……そんなわけないじゃないか」
「否定する根拠は?」
「だって、盟主は戦争で死んだんだ。そんなのは子供だって知ってる。それに、君は子供じゃないか。盟主が君みたいな子供なはずないさ」
「ふむ。いいだろう。答えてやろう」
メガラは説明を始めた。
メガラ・エウクレイアは確かに戦争で死んだ。
しかし、その魂は滅んではいなかった。
永久の魔女であるメガラの秘術で、メガラは転生した。
メガラの秘術は、無作為に転生体を選定した。
メガラは素性も分からぬ魔族の少女の体を乗っ取ってしまったのだ。
それが今のメガラである。
「そんなことって……」
「信じられんか?」
「……うん」
「まあいい。だが、お前と余はすでに契約を結んだ。お前に与えたその力は、余のために使ってもらわねばならん」
「え?」
「我がエウクレイア一族に伝わる秘術により、余とお前は主従の関係を結んだ。余が主で、お前が従僕だ。あるいは、お前は主を守る騎士だ。お前に与えたその力で余を守るのだ」
「騎士? 与えた力?」
「もう分かっているだろう? お前はもう、かつてのお前ではない」
「それは……」
確かにメガラの言う通りだった。
外見的には大きな変化はないが、体の内側から魔力が溢れているのを感じる。
いまやアルゴの魔力量と身体能力は、常人の域から超えている。
「その力は、余と契約を結んだ証。今の余は貧弱で弱い。荒事にはまるで不向きだ。ゆえに、余にはお前が必要だ」
「俺はどうすれば?」
「余と共に―――」
その時、草花が擦れる音と足音が聞こえた。
何者かが近付いてくる。
その者は、すぐに現れた。
「おいガキども、ここで何をしてやがる」
現れたのは、長髪の冒険者ハンクだった。
アルゴは突然現れたハンクを見据えながら、短剣の柄を握りしめた。
生きていたのか……。
警戒を強め、ハンクの出方を窺う。
ハンクは苛立ちを露わにした。
「ガキども、忘れたわけじゃねえよな? てめえらは奴隷だ。俺たちがてめらを買ったんだ。どさくさに紛れて逃げられると思ったか? けっ、残念だったな。そうはいかねえよ。さあ、分かったんなら、大人しく付いてきやがれ」
アルゴは理解している。
大人しくハンクに付いて行けば、碌なことにならない。
ハンクは奴隷の命などなんとも思っていない。
「少年―――いや、アルゴよ。これが最初の命令だ。あの無礼者を成敗せよ」
メガラから命令が下されるが、アルゴは戸惑う。
人を殺したことなどない。正直に言って戦いたくない。
でも……。
何故だろう。ニードルスパイダーと戦った時もそうだった。
何をどうすればいいのかが分かる。
「分かった分かった。痛い目を見ねえと分からねえようだな。腕の一本でも斬り落とせば、素直になるか?」
ハンクはそう言って剣を抜き、アルゴへと接近した。
アルゴは短剣を抜いた。
ハンクの動きが、随分ゆっくりに見えた。
ハンクの動きが手に取るように分かる。
アルゴには分かった。
どう動けば、ハンクの剣を避けることができるのか。
短剣をどう振るえば、ハンクを傷つけることができるのか。
どうすれば、ハンクを殺せるのかを。
ハンクはアルゴを間合いに捉え、アルゴの右腕に向かって剣を水平に振った。
アルゴは一歩下がって剣を躱した。
アルゴの動きを見て、肩眉を吊り上げて訝しむハンクだったが、続けて剣を振った。
アルゴは最小の動きで剣を躱し続けた。
「く、くそっ! 何が起こってやがる!?」
ハンクは息を乱しながら、罵声を吐いた。
そして、アルゴを睨みつけながら剣を構え直す。
「もういい、てめえは殺す」
ハンクは大きく足を踏み出して、剣を水平に振った。
しかし、アルゴを切り裂くことはできなかった。
「なっ……」
ハンクは強烈な痛みを感じた。
痛みの先へ視線を向けると、胸の位置に短剣が刺さっていた。
アルゴの短剣は正確にハンクの心臓を貫いていた。
ハンクは膝から崩れ落ち、地面に倒れた。
その後ハンクは、二度と起き上がることはなかった。
メガラはアルゴとハンクの戦いを見ていた。
そして冷静に分析する。
ハンクがアルゴを剣の間合いに捉えたと思った瞬間、アルゴは体を引いた。
そして、ハンクの剣が空を切った瞬間、アルゴは前に踏み出し、短剣をハンクの胸に突き入れた。
そのアルゴの動きは、予めハンクの動きを読んでいたような流麗な動きだった。
これまで様々な戦士を目にしてきたメガラには分かった。
アルゴの戦い方は、高度に訓練を積んだ戦士のものではない。
アルゴの短剣の握り方や構えは、まるで素人だ。
それでも、アルゴはハンクを殺してみせた。
確かに余はアルゴに力を与えた。アルゴの魔力と身体能力は底上げされた。
だが、剣術や戦闘方法を身につけさせたわけではない。
アルゴは戦いの素人だ。魔物や人間と戦ったのは、今日が初めてだったはずだ。
アルゴという奴隷の少年には才がある。
予め少年に眠っていたものなのか、今までその機会がなかっただけなのか、それは分からない。
ただの少年かと思っていたが、これは……ツキが回ってきたか……。
少年には才がある。その才は剣術の才ではない。
言うなればそれは、戦いの才。相手の動きを正確に読む能力。
頭に思い描く通りに体を動かせる技術。
相手の急所を把握し、そこを的確に突く力。
あるいはその才は、こう表現できるのかもしれない。
生物を殺す才と。
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