36.小間物屋
小間物屋ダマンヤートは、主に魔物の皮やツノなどを加工した商品が売られていた。
革の小物入れや、ツノを装飾した飾り。骨や目玉を乾燥させてすり潰した肥料などだ。
ダマンヤートは目立たない場所に存在し、どこか人を寄せ付けない雰囲気があるが、意外なことにそれなりに繁盛していた。
客足が途絶えない。
しかし、フエルコは客に笑顔を見せることもなく、愛想を振りまくこともない。
客に何か訊かれれば答えはするが、それ以外は帳簿とにらめっこをして過ごしている。
もしかすると、フエルコのその無関心な態度が、寧ろ心地良さを作り出しているのかもしれない。
メガラはカウンターの奥にある業務室から、こっそりと店内の様子を覗いていた。
「ほう、なかなかの賑わいではないか」
と独り言を言って考える。
なるほど、フエルコはゴロツキどもにとっては格好のカモだな。
それなりに稼いでいて、脅しやすい気弱なフエルコ。
目を付けられるのには理由があるというわけだ。
だが、だからといってゴロツキどもの正当性は微塵も存在しない。
ゴロツキどもの理屈は、どう考えても道理に合わない。
何の権利があってみかじめ料を寄越せと言うのか。
「ゴロツキどもめ」
と、いつの間にか熱くなっていることに気が付いた。
「いかんいかん。熱くなるな」
熱くなってもろくなことがない。第一、自分のことですらないのだ。
「おーい、メガラ。こっちこっち」
部屋の奥からアルゴの声が聞こえた。
「どうした?」
「これこれ」
そう言ってアルゴは、服の内側から包み紙を取り出した。
包み紙には、小さな焼き菓子が幾つか入っていた。
昨日別の商店で購入した焼き菓子だった。
「一緒に食べよう」
アルゴはニッコリと笑い、テーブルの上に包み紙を広げた。
これからゴロツキどもとやり合おうというのに、アルゴは暢気だった。
メガラはそれを見て脱力した。
怒りの感情は完全に消え、笑いが込み上げてくる。
メガラは吹き出しそうになるのを我慢し、あくまで冷静に返した。
「頂こう」
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夕暮れとなり、本日のダマンヤートの営業は終了した。
集金係は営業後にやってくる。
鋭い目つきをした若者だった。
その若者は、店内に入るなりフエルコに向かってぶっきらぼうに言った。
「おい、今月分を寄越せ」
フエルコは従順だった。
「は、はい」
と言って子袋を差し出した。
若者は子袋に入ったルグを数え「よし、いいだろう」と言って店内から出ようとする。
「ま、待ってください」
わずかに震えながらフエルコが声をかけた。
若者は不機嫌な顔をフエルコに向けた。
「なんだ?」
「え、ええ。実はですね、そちらさん方のお仲間になりたいって者が居まして……」
「はあ? 仲間だと?」
「え、ええ」
フエルコは業務室に向かって呼びかけた。
「お、おーい! アルゴくん、リューディアさん!」
名を呼ばれ、アルゴとリューディアは奥の部屋から姿を現した。
二人が現れたことを確認し、フエルコは若者に言う。
「この二人なんですが……どうでしょうか?」
若者はアルゴとリューディアをじっくりと眺めた。
そして、しかめっ面を崩さずに言う。
「お前ら余所者だな? どういうつもりか知らねえけどな、舐めてると殺すぞ」
「そ、そんな! 決してそんなつもりでは!」
フエルコが慌てて弁解した。
表情が更に険しくなる若者の様子を見て、フエルコが弁解を続けようとした時だった。
リューディアが動いた。
リューディアは弾けるような笑みで、若者の両手を握った。
「だめかしら? 確かに私たちは余所者だけど、きっと役に立つと思うわ。もし使えなかったら、すぐに追い出して貰っても構わない。だから、ね?」
美しいエルフに笑顔を向けられて、冷たく突き放せる男はそうはいない。
「あ……ああ」
若者は赤くなった顔をそむけた。
「わ、分かった。けどよお、俺には判断できねえ。アニキの元まで案内するからついてこい」
そう言って若者は歩き出した。
「ありがと」
若者の背に向かって、リューディアが礼を述べた。




