34.忘れていたもの
夜になった。
平原地帯に馬車を停め、夜を明かす。
この辺りは魔物の数が少ない。
比較的安全地帯と言えるが、それでも全員で眠りこけるわけにはいかない。
アルゴ、メガラ、リューディア、マルリーノの四人は二組となり、数時間ごとに睡眠と見張りを交替することとなった。
組み合わせは、アルゴとメガラの組、リューディアとマルリーノの組である。
現在、アルゴとメガラは見張りを行っていた。
焚火は起こさず、明かりは燭台の上のロウソクの小さな火だけだった。
静かな夜。夜空には星々が瞬いていた。
アルゴは、ちらりと隣の様子を窺った。
隣にはメガラ。小さな体が小さく前後に揺れてた。
「メガラ、眠いの?」
「……ん?」
メガラは、小さく声を発した。
そして、目を擦って返答した。
「いいや、そんなことはないぞ」
そう言いつつも、メガラはとても眠そうだった。
小さな少女の体では、夜更かしは難しいのだろう。
「俺が起きてるから、寝ててもいいよ」
「いや、その必要はない。一度引き受けた以上は、最後までやり抜かねばな」
固い意志をみせるメガラ。
そのメガラの姿勢は、真面目というよりは、意地を張っているようにしか見えなかった。
メガラがまたウトウトし始めた。
しばらくそうしていたが、ハッとして声を発した。
「うーむ、こうして何もせずにいると眠気を催すな。アルゴよ、なにか面白い話をするのだ」
「面白い話って言われてもな……」
「何かないのか?」
「うーん」
「まあいい。ならば質問しよう。ちょうど訊きたいことがあったのだ」
「え、なに?」
「お前の姓は何と言うのだ?」
「……俺には、姓はないよ」
「それは奴隷であったころの話であろう? 今は奴隷ではない。お前は姓を取り戻したのだ」
「いいや、俺には姓はないよ」
「何故だ?」
「あの名は俺の両親の名でもあり、俺の家名だ。だけど、もう俺のものじゃない。俺は人を傷つけた。人を殺した。この手は血で汚れている。そんな奴が、あの名を名乗っていいはずがないんだ」
「ふーむ」
メガラは、顎に手を置い小さく唸った。
「なるほどな。しかし、姓が無ければ困ることもあろう。ゆえに、こういうのはどうだ?」
「ん?」
「お前に我が家名、エウクレイアを名乗ることを許そう。お前は今日からアルゴ・エウクレイアだ。どうだ?」
「え、でも……いいの?」
「いいさ。契約したその時から、お前は我が眷属となった。お前はすでに余の家族だ。寧ろ、収まるところに収まった。そういった感じだな」
「あ、ありがとう……」
アルゴは礼を述べたあと、ポツリと「アルゴ・エウクレイアか」と呟いた。
そして、静寂が流れた。
「アルゴよ、何か話を―――」
メガラは言葉を詰まらせた。
ロウソクの小さな明かりに照らされて、アルゴの頬がきらりと光っていた。
「泣いているのか……?」
「え、あ、あれ? なんでだろう?」
何故泣いているのか、アルゴ自身にも分からなかった。
メガラは小さく息を吐いた。
「アルゴよ、すまなかった」
「え?」
その瞬間、メガラはアルゴへと両腕を伸ばした。
そして、自分の胸にアルゴの頭をぐっと引き寄せた。
「お前があまりにも強いものだから忘れておった。お前はまだ、子供だったのだな。そんなお前に、余は酷なことを課してしまったのかもしれん」
アルゴは、メガラの胸に半ば埋まる形で小さく返答した。
「いや……そんなことはないよ。俺はメガラに助けられた。メガラがいなかったら俺は……」
「そうか……」
ポツリとメガラがそう言い、また沈黙が訪れた。
メガラはアルゴから手を放さなかった。
アルゴはメガラに身を任せた。
「あの……さ」
「なんだ?」
「あー……やっぱりいいや」
「なんだ言ってみろ。気になるではないか」
「あー、うん。じゃあ……」
躊躇いがちに、小さな声でアルゴは言う。
「頭を……撫でてくれないかな?」
メガラは優しく笑った。
「まったくお前は……」
メガラはアルゴの頭に手を乗せて、優しく撫で始めた。
「甘えん坊め」
アルゴは、熱を感じた。
それは体の中心から発せられていた。
眠ってしまわないように、自分に強く言い聞かせなければならなかった。
心地の良い安心感。大きな充足感。
忘れていた感覚を取り戻した。
奴隷に落ちる前、家族と共に過ごしていた時のような、なつかしい感覚だった。
これで一章は終わりです。ここまで読んで頂きありがとうございます。
ブックマーク、高評価よろしくお願いします。




