32.エルフの意志
サルディバル領南方の平原。
商人マルリーノの駆る馬車が、平原を走っていた。
馬車の荷台には、アルゴ、メガラ、リューディア。
穏やかな陽気の中、馬車は進んでいた。
爽やかな風が草花を揺らし、草原が波打った。
アルゴは、ぼんやりと平原を眺めていた。
サン・デ・バルトローラでは色々あったなあ、と感想を浮かべた。
そんな感想と共に、出会った人々や起きた出来事の記憶が頭に浮かぶ。
領主レアンドロの厳めしい顔や、商人ホアキンの柔和な笑み。
謎の獣人ヴァルナーの怯えた表情。口にした食事。寝心地の良いベッド。
キュクロプスを斬った感覚。などを。
そして、黎明の剣本部での出来事を思い出した。
メガラは、自らの正体と目的をエトガルたちに明かした。
メガラの正体は、かつてのルタレントゥム魔族連合の盟主、メガラ・エウクレイアその人。
そしてその目的は、ルタレントゥム魔族連合の残党と合流すること。
メガラは魔族を再び率い、アルテメデス帝国を打倒する心づもりであった。
つまりメガラは、黎明の剣と志を同じくする存在であった。
メガラが語ったことは、荒唐無稽な話だったであろうが、黎明の剣の者たちはその話を信じた。
メガラが只の少女でないことは、すでに分かり切っている。
それに、メガラの騎士であるというアルゴもまた、尋常の存在ではない。
この二人の存在が、話の信憑性を持たせた。
メガラが再び魔族を率い、アルテメデス帝国を脅かす存在になるならば、それは黎明の剣の目的にかなう。
もしかするとメガラとアルゴこそが、夜を裂き、黎明をもたらす存在なのかもしれない。
黎明の剣の者たちは結論を出した。
黎明の剣は、メガラとアルゴに協力をする。そう結論をだした。
メガラとアルゴをイオニア連邦へと送り届ける。それが黎明の剣の新たな任務。
しかし、人数を大きく動かせばアルテメデス帝国に気取られるおそれがある。
今回の件で動かせるのは一人。団長エトガルはそう決断を出した。
そのため、黎明の剣で随一の槍使いであるリューディアが、メガラとアルゴに同行することになったわけである。
揺れる荷台の上で、メガラはリューディアに視線を向けた。
「リューディアよ、訊いてもよいか?」
「ええ、いいわ」
「お前は何故、黎明の剣に加入したのだ?」
「少し長くなるけどいいかしら?」
「構わん。退屈しのぎには丁度よい」
リューディアは、頷いて話し始めた。
「私はこの大陸とは別の大陸出身よ。南の海を越えたその先。そこに私の故郷はある。あの場所では、時間はゆっくりと流れている。何事もない毎日が永遠と繰り返されるような、閉じられた世界だった。私はそんな世界では生きられなかった。息が詰まりそうだったの。だから、私は自分の意志で故郷を飛び出した」
視線を平原に移し、リューディアは続ける。
「でも私は、今になって思うわ。外から眺めることによって、少しだけ考えが変わったの。いつまでも変わらないということ、それはそれで尊いのかもしれない、と。エルフ以外の種族はすぐに変わってしまうけれど、それはある意味では、何かを捨ててしまうということでもある。貴方たちの生きる速度は早い。何を捨てたのか気付く暇もないほどに。だから、私は私の同胞たちの在り方を尊重する。結局のところ私はエルフ。どうやったって貴方たちには成れない。貴方たちの生きる速度は、私を置き去りにしてしまう。それでも、きっと私は、もう二度と故郷に戻ることはない。けれど、故郷の存在が私の重石。私をこの世界に繋ぎ止めてくれる大切な存在」
一呼吸し、更に続ける。
「アルテメデス帝国は、その版図を更に広げようとしている。このまま行けば大陸全土を掌握し、やがてその魔の手は、私の故郷にまで伸びるでしょう。だから、そうなる前にアルテメデス帝国を止めなくてはいけない。それが、私の戦う理由よ」
リューディアが話し終え、メガラが口を開いた。
「なるほどな」
そう言ってメガラは立ち上がった。
揺れる馬車の上で歩みを進め、リューディアに近付く。
そして、メガラは右手を差し出した。
「リューディア・セデルフェルトよ。このメガラ・エウクレイアは、お前を同志と認めよう。今後とも、よろしくたのむ」
リューディアは笑みを浮かべ、メガラの右手を握った。
「ええ、こちらこそ」
メガラは僅かに笑い、リューディアは可憐に笑った。
そして、二人の視線は、もう一人の同乗者に移った。
メガラとリューディアは、すぐに顔を見合わせた。
耳をすませば、微かに聞こえてくる寝息。
アルゴは、気持ちよさそうに眠っていた。
「フフッ」
「ハッ」
メガラとリューディアは、少年を起こさぬように小さく笑った。




