29.治癒
商人マルリーノが駆る馬車にアルゴとメガラは乗っていた。
メガラが叫び声を上げた。
「マルリーノ! もっと飛ばせんのか!?」
「こ、これ以上は無理ですぜ!」
馬車は平原を駆けていた。全速力で駆けていた。
盛り上がった地面に車輪が乗り上げ、馬車が大きく揺れた。
メガラがまた叫ぶ。
「おい! 揺らすな!」
「す、すいやせん!」
メガラの表情に、一切の余裕は見られない。
険しい顔で同行者に尋ねた。
「リューディアよ、容態はどうだ?」
リューディアも険しい顔をしていた。
「……よくないわね。あとは本人の体力次第よ」
リューディアは、回復魔術ヒールを発動しながらそう答えた。
リューディアの両の掌から、淡い緑の輝きが放たれている。
リューディアの手は、ホアキンの腹に添えられていた。
意識のないホアキン。荷台の上に寝かされ、リューディアから治癒を受けている状態だった。
ヴァルナーからホアキンの居場所を聞き出したメガラは、黎明の剣に協力を求めた。
黎明の剣は、即座に行動を起こした。
団長エトガルの指示により、捜索隊を五つに分け捜索開始。
アルゴとメガラも捜索隊に組み込まれた。
リューディアが率いる隊のメンバーは、アルゴ、メガラ、マルリーノ。
マルリーノは黎明の剣の団員ではないが、団とは以前から交流があったようだ。
その繋がりで、現在マルリーノは馬車を走らせている。
アルゴたちの部隊が平原でホアキンを見つけた。
ホアキンは、隆起した地面の近くで倒れていた。
脈拍は弱く、呼吸も浅かったが、ホアキンは奇跡的に生きていた。
しかし、予断を許さない状況だった。
ホアキンの腹には、幾つもの刺し傷があった。
上手く急所を外され、命を絶つことよりも、痛めつけることが目的だと窺わせる傷跡。
ホアキンを発見したアルゴたちは、馬車にホアキンを乗せた。
現在ホアキンは、リューディアのヒールでなんとか命を繋いでいる状態であった。
リューディアはヒールを発動し続けた。
ホアキンの傷はすでに塞がっている。
意識は戻らないが、呼吸は安定してきている。
しかし、血を流しすぎている。
ヒールは被治癒者の傷を癒し、治癒力を底上げする魔術だが、全能の術ではない。
瀕死の者を一瞬の後に全快にするなんてことは為しえない。
治癒力を底上げする魔術であるが、その治癒力は本人に依存する。
ホアキンは若いとは言えない。重傷を負っており、さらに時間が経過している。
そういった理由から、ホアキンの命は生と死の境目にあるといってもよかった。
「リューディアよ、もう一度確認するぞ。行先は本当にリコル村でいいのだな?」
メガラがそう尋ねた。
マルリーノが駆る馬車は、リコル村に向かっている。
大都市サン・デ・バルトローラではなく、小さなリコル村にだ。
リューディアは、治癒を続けながら答えた。
「ええ、いいわ。さっきも言ったけど、リコル村には治癒力を大幅に増加させる秘薬がある。その秘薬ならほぼ確実に、ホアキン氏の命を繋ぐことが出来るわ」
「さっきも訊いたが、本当にリコル村にそんな物があるのか? あの村は何も無い廃村だぞ」
「ある。私を信じて」
「信じたいさ。だが、選択を誤ればホアキンは死ぬ。教えてくれ、リコル村のどこにある?」
「それは言えない。でも、本当にあるの」
「むぅ……」
小さく唸り、メガラは片隅に座るアルゴを見つめた。
アルゴは落ち着いていた。何もせず、ホアキンとリューディアのことを見守っている。
そのアルゴの様子を見て、メガラは少し心を落ち着けた。
何故だろう。何が起きてもこいつと一緒なら大丈夫だ。
と、何故かそう思えた。
メガラは青々と草が茂る平原に目を向け、それから北に視線を移した。
「リコル村……か」
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リコル村に到着した。
相変わらずの死臭。廃れた死の村。
「リューディア、急ぐのだぞ! 余は回復魔術が不得意だ! ホアキンの命を繋ぎ止めておける保証はできんぞ!」
「分かってるわ。すぐ戻る!」
そう言ってリューディアは、馬車から飛び降りた。
そして、その勢いのまま走り出した。
メガラはリューディアの後ろ姿を目で追っていたが、数秒後ホアキンに視線を戻した。
メガラの両手はホアキンの腹に添えられている。
両手からは淡い緑の輝き。
リューディアが秘薬を取りに行っている間、メガラが治癒を引き受ける。
ホアキンの意識は戻らない。ホアキンの額には脂汗が滲んでいた。
その様子を見たアルゴは、マルリーノから借りた清潔な布でホアキンの汗を拭った。
「アルゴ、余にも頼む」
メガラもひどく汗をかいていた。
おそらく、相当なプレッシャーを感じているのだろう。
「分かった」
アルゴは新たな布を衣服の内側から取り出し、メガラの額を拭った。
「死ぬでないぞ、ホアキン」
メガラはそう呟き、治癒に全力を傾けた。




