28.尋問
アルゴは場所を変えていた。
アルゴは現在、人通りのほとんどない路地裏に居る。
理由は目立つから。どうしたって人の目を引く。
「―――ぐぶッ!」
言葉として意味を持たない声が聞こえた。
その声を放ったのは、狂獣ヴァルナー・ルウ。
ヴァルナーは既に戦意を喪失している。
ヴァルナーの顔は大きく腫れあがり、牙の何本かが折れ、鼻と口から血を流している。
アルゴは馬乗りの状態で、ヴァルナーを殴り続ける。
冷たい目で、感情の薄い相貌で、拳を振るい続ける。
アルゴの拳がヴァルナーの顔面に炸裂。
鼻血が飛び散り、ヴァルナーは呻き声を上げた。
「ま、まっへ―――」
ヴァルナーの懇願を無視し、アルゴは殴る。
「ぐぶッ!」
また妙な呻き声が聞こえたが、構わず殴る。
「げぶッ!」
少し呻き声が変わったなと思いながら、また殴る。
「くふぅ……」
ヴァルナーの口から漏れたのは、もはや声ではなく息。
声を上げることすら難しい状態だった。
それでもアルゴは容赦しなかった。右拳を振り上げた。
拳の側部がヴァルナーの顔面に命中する直前、少女の声が響いた。
「そこまで!」
アルゴはピタッと拳を止めた。
拳が止まったことを確認し、メガラは言う。
「アルゴよ、そこまでだ。それ以上は殺してしまうぞ」
「ああ、そっか。ごめんメガラ」
メガラはヴァルナーに近付き、腰を下ろした。
「ヴァルナーよ、真実を話せ。真実を話せば見逃してやろう」
ヴァルナーは、ここぞとばかりに大声を上げた。
「わ、わがっだ! はなず、はなずがら、もう!」
「ふむ、よい心がけだ。では訊くぞ。商人ホアキンを殺したか?」
「ぞ、ぞれば……」
「どうした? 答えないのか? ならばアルゴよ―――」
「ま、まっべぐれ! はなず!」
「では話せ」
「ご、ごろじでない! ほんどうだ!」
「ほう。ではその水晶のペンダントは何だ? 殺して奪ったのではないのか?」
「ちがう! ご、ごろじでない! げど……」
「けど?」
「ご、ごうもんじた……。キミだじのいばじょをぎぎだすだめに……」
「ふむ。聞き取りずらいな。我らの居場所を聞き出すために、ホアキンを拷問した?」
「ぞ、ぞう」
「で、ホアキンは我らの居場所を吐いた。更に、命を助けてもらう見返りに水晶のペンダントをお前に差し出した?」
「ち、ちがう。がれは、はかなかっだ。キミだじのことをざいごまではがながっだ……」
「ホアキンは我らのことを吐かなかった。そう言っているのだな?」
「ぞ、ぞう。じんだとおもっでいだごえいのおどごがいぎをふきがえしたんだ。そのおどごがキミだじのごどをはいだ」
「殺したと思っていた護衛の男が息を吹き返し、我らの居場所を吐いた」
「ぞ、ぞう。ぞれでほあぎんざんはいっだ。このべんだんどをあげるがら、キミだじにはでをだざないでぐれっで」
「ホアキンは水晶のペンダントを差し出す見返りに、我らには手を出さぬように約束を取り付けた。そうだな?」
「ぞ、ぞう」
「だがお前は、水晶のペンダントを受け取っておきながら我らを襲った」
「……」
「そうだな?」
「ぞ……ぞう」
「ホアキンはどこにいる?」
「ごごがらせいなんほうごう、りごるむらがらみでみなみのへいげんじたいにいる……とおもう」
「ここから西南方向。リコル村から見て南の平原地帯か」
「ぞ……ぞう」
「そうか。情報感謝する。―――ところで」
「うぅ?」
「お前の息は臭くて敵わん。その口を閉じていろ」
そう言ってメガラは、思いっきりヴァルナーを殴りつけた。
「がッ……」
その呻きを最後に、ヴァルナーから反応が消失。
だが死んではいない。気絶しただけだ。
「殺しはしないさ。真実を話せば見逃すと約束したからな。余は約束は守る。お前と違ってな」
メガラは立ち上がり、アルゴに宣言する。
「すぐに向かうぞ。リコル村南の平原地帯だ!」
「ホアキンさんを探しに?」
「そうだ」
「で、でも……たぶんもう……」
「アルゴよ、そういう問題ではないのだ。ホアキンは余に忠義を示した。ならば余は、その忠義に報いなければならん」
「……分かった」




