27.少年の瞳には
ヴァルナーは、困ったような表情で言う。
「しょうがないなあ。お喋りは手足を斬り落としてからにしようか」
そう言ってヴァルナーは、ベルトにぶら下げた革の鞘から短剣を二本抜いた。
左右で一本づつ短剣を握り、逆手で構えた。
「分かるよ、キミ強いね。ちょっと本気でいかなきゃマズイかな」
相対するアルゴは何も言わなかった。剣を構えることもしなかった。
そんなアルゴの姿を見て、ヴァルナーは言う。
「あれ? 何かやる気が感じられないなぁ」
ニヤリと笑い、続けて言う。
「まあ、それならそれでいいよ」
ヴァルナーは地面を蹴り上げた。ヴァルナーの姿が消える。
一瞬後にアルゴの目の前に現れ、アルゴの右手首を斬り落とそうと短剣を振るう。
金属が打ち合う音が鳴り響き、ヴァルナーは目を見開いた。
ヴァルナーの短剣がアルゴの剣に防がれたのだ。
ヴァルナーは二撃目を繰り出さず、後ろに跳んだ。
「驚いたぁ。よく防いだねえ……ろくに構えてもいなかったのに」
アルゴは、またもや何も言わなかった。
剣の刀身を少し眺めたあと、ヴァルナーに視線を向けた。
そのアルゴの様子を見て、ヴァルナーは言う。
「ありゃ、随分と無口なんだねえ。ねえ、今のどうやって防いだの? まさか見えたわけじゃないよねえ?」
「……勘です」
「勘? どういうことお? マグレってことかなあ?」
そのヴァルナーの問いに返ってくる答えはなかった。
「うーん、まあいいや。マグレかどうかは、すぐに分かるよね」
ヴァルナーは、一撃目と同じ動きをした。
地面を蹴り、加速。アルゴの右手首を狙い、短剣を振る。
アルゴは一歩も動かなかった。
腕だけを動かし、剣で短剣を防御した。
一撃目と同じ流れ。しかし、ここで大きな変化が起こった。
アルゴの剣がヒビ割れ、砕け散った。
ヴァルナーはアルゴから距離を取り、邪悪な笑みを浮かべた。
「キヒヒッ。砕けちゃったねえ。マグレじゃないってのは分かったけど、剣が使えないと流石にマズイんじゃない?」
剣は根元の辺りから砕け散っていた。
砕けた剣を見つめながら、アルゴは言う。
「キュクロプスと戦った時に無茶しすぎたか……。ああ、でもそうか……」
アルゴは剣を放り投げた。
素手となり、ボソリと言う。
「丁度いい。素手なら殺さずに済む」
素手となり、立ちすくむ様子のアルゴを見て、ヴァルナーは笑った。
「キャハハッ! 諦めちゃった? 怖くなって動けない? 大丈夫、大丈夫。じっとしといてくれれば、スパッとやっちゃうからさ!」
ヴァルナーは短剣を構え直し、地面を蹴った。
ヴァルナーの三回目の攻撃。武器無しのアルゴへと接近。
ヴァルナーの目には、アルゴが諦めたように見えた。
短剣が振るわれるその直前まで、アルゴは微動だにしなかった。
短剣の刃がアルゴの右手首を斬り落とそうとする直前、ヴァルナーは声を漏らした。
「あれ?」
ヴァルナーは、脳が激しく揺れているのを感じた。
戸惑いつつも、状況を確認する。
短剣はアルゴの右手首を斬り落としていない。
短剣は躱された。そして何故か、ヴァルナーの体が崩れ落ちている。
ヴァルナーは、地面に両膝をつけた状態で上を見上げた。
「キミ……今、何をしたの……?」
「何って、殴ったんですけど?」
「なっ……」
ヴァルナーは絶句した。
固まるヴァルナーに対し、アルゴは右の蹴りを放った。
右のつま先がヴァルナーの顎先に当たる直前、ヴァルナーは後ろに跳んだ。
そして、クルクルと回転しながら地面に着地。
「分かった、分かった。うん、キミが強いのは理解した。ボクが甘かった。次は速度を上げるね」
そう言ったのち、ヴァルナーはアルゴへ接近。
ヴァルナーの宣言通り、ヴァルナーの速度は上がっていた。
その速度は、人の目で捉えることは不可能。
神速ともいえる速さだった。
しかし、その神速は、アルゴの前では意味をなさない。
「……うぅ?」
まただ。またヴァルナーの両膝が地面に沈んでいる。
「嘘だろ……なんで……」
ヴァルナーの表情から余裕が消える。
「分かった。ホンキでいくよ」
ヴァルナーの姿が消えた。
アルゴの周囲を神速の速度で跳び回った。
跳び回りながら、アルゴの隙を探る。
アルゴは棒立ちだった。視線は前方で固定。ヴァルナーの動きを目で追うこともない。
「余裕だねえ!」
そう叫び、ヴァルナーはアルゴへと接近。
アルゴの背中を短剣で刺そうとした。
しかし、アルゴの回し蹴りがヴァルナーの顎に直撃し、ヴァルナーは吹き飛んだ。
ヴァルナーは路地の壁へと激突。
ヴァルナーは、ふらつきながら立ち上がった。
だが、脳が揺れ、腰を落としてしまう。
「なんで、なんで……ボクの動きが見えてるっていうのか!?」
「いいや、見えてませんよ」
「だ、だったらなんで! なんでボクが蹴られてるんだ!?」
「なんでって、それは……」
アルゴには不思議だった。
どうして皆、そんなに殺気を放つんだろう。
そんなことをしてしまったら、どれだけ速く動いても意味がない。
相手が放つ殺気から、情報が入ってくる。
相手がどう動くのか。どの角度から、どういった攻撃を放つのか。
どの瞬間攻めようとしているのか。
アルゴにとっては、見える見えないの問題ではなかった。
見えなくても相手の動きが分かる。
だから、相手の動きに合わせて拳と蹴りを放つだけ。
もっといえば、拳をその位置に置くだけ。拳に吸い寄せられるように、相手の顎が近付いてくる。
アルゴは、そのような感覚で戦っていた。
「さて、そろそろこちらからも攻めますね」
アルゴの瞳がヴァルナーを捉えた。
そのアルゴの瞳には、確かにヴァルナーが映っている。
しかし、ただ映っているだけ。もはや、敵として見られていない。
それどころか、同じ知的生命体として見られていない。
何故か、ヴァルナーはそう感じた。
そう思った時、自然と言葉が漏れた。
「ま、待って―――」




