26.牙と剣
燃え盛る炎の球体が部屋の壁に着弾。
壁が爆ぜ、炎が激しく逆巻いた。
メガラは躊躇わなかった。
メガラは走り出し、壁に空いた穴から飛び降りた。
二階から飛び降り、着地と同時に受け身を取った。
地面を転がって衝撃を逃がし、その後、立ち上がって走り出した。
住民たちが騒ぎ出した。
宿に空いた穴と、燃え広がる炎を指差して声を上げている。
「いやー、びっくりした」
部屋に一人残されたヴァルナーがそう呟いた。
ヴァルナーはメガラの魔術を躱していた。
「びっくりしたなあ、いきなりぶっ放してくるんだもん。そうか、あの子はたくさん喋って魔術を発動する時間を稼いでいたんだねえ。やられたやられた」
そう独り言を漏らし、ヴァルナーは空いた穴から飛び降りた。
「おいアンタ、どうなってるんだ? というか無事か?」
見知らぬ住民から声をかけられるが、ヴァルナーは無視した。
地面に鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。
「残念だけど、ボクから逃げるのは無理だよ」
ヴァルナーはニヤリと笑い、地面を蹴り上げた。
ヴァルナーは一瞬で加速した。
一瞬で路地の突き当りまで到達し、右へ曲がった。
「いたいた」
前方に、水色の髪を振り乱して走る子供の姿。
ヴァルナーは両膝を曲げて低く構えた。
長い舌で舌なめずりし、口端を吊り上げた。
「いくよー」
その瞬間、ヴァルナーの姿が消えた。
一瞬でメガラとの距離を詰める。
顎を大きく開き、メガラのうなじに噛みつこうとした。
その時、メガラは予想外の動きをした。
メガラは急にヴァルナーの方へ体を向け、右手を突き出した。
「フレイムボール!」
メガラが魔術を唱えた。
メガラの紫の瞳と目が合った瞬間、ヴァルナーは地面を蹴り、右側へ飛び退いた。
「……あれ?」
だが、炎の魔術は発動しなかった。
メガラは足を止めず走り続けている。
ヴァルナーは足を止めてしまった。遠ざかるメガラの背中を見つめるヴァルナー。
「ボク騙された?」
そう呟き、ヴァルナーは頭を掻いた。
「またやられた。はぁ~、ボクが普通の獣人だったら騙されなかったのかなあ。あの子の目には、何かこう……やるぞ! って感じがあったんだけど」
ヴァルナーは溜息を吐き、独り言を続ける。
「まあいいか。もう学習した。次は必ず仕留める」
まだメガラの姿を捉えている。
全力で路地を駆けているが、ヴァルナーからは逃げられない。
ヴァルナーは腰を落とし、低く構えた。
次は決める。
狙いを定め、地面を蹴り上げた。
ヴァルナーは加速する。鋭い牙を剥き、メガラへと急接近。
もらった!
ヴァルナーがそう確信した時、また予想外のことが起こった。
鋼の音が鳴り響いた。
ヴァルナーはメガラに牙を突き立てることが出来なかった。
鋼の直剣に邪魔をされたのだ。
ヴァルナーはメガラの肉ではなく、剣に噛みついていた。
ヴァルナーは獣の直観に従い、素早く後ろに跳び退いた。
そして、剣の所持者を観察する。
薄茶色の髪色をした少年だった。細い身体つきで、感情の薄い相貌をしている。
「ああ、キミは間違いない。ボクはキミのことも探してたんだ。少年と幼い女の子。うん、これで揃ったね!」
上機嫌でそう言うヴァルナーだったが、アルゴの反応は対照的だった。
「あなたは誰ですか? いや、それよりも、メガラ無事?」
アルゴは後ろに視線を向けた。
「ああ、無事だ。それよりも助かったぞ、我が騎士よ。厄介な獣に目を付けられてしまってな」
「無事ならよかった。それで俺は―――」
「ねえ! 折角揃ったんだし、ちょっとお話しようよ! 大丈夫、ボクもう少し我慢できるからさ!」
ヴァルナーがアルゴの発言を遮った。
嬉しそうに、アルゴとメガラに話しかけるヴァルナー。
アルゴは、ヴァルナーのことを無視した。
「で、メガラ、俺は―――」
「そうだ! まずはキミたちの名前を教えてよ! ボクはヴァルナー・ルウ。そっちの女の子には名乗ったけど改めて!」
「なんなの、この獣人。ねえ、メガラ―――」
「それで、訊きたいんだけどさ! 魔物の味はどうだった? まずそれが訊きたい! ねえ、おしえ―――」
銀色の物体がヴァルナーに飛来。
それは、アルゴが放った短剣だった。
常識外れの速度で飛ぶ短剣。
ヴァルナーは、上に跳んで短剣を躱した。
ヴァルナーを黙らせることに成功したアルゴは、メガラに尋ねる。
「で、俺はどうすればいい? 殺せばいい? それとも逃げればいい? 命令をくれ―――メガラ」
メガラは、不敵に笑い返答した。
「アルゴよ、少々面倒な指示を出してもよいか?」
「いいよ」
「殺すな。だが、痛めつけて奴を無力化しろ。奴には訊きたいことがある」
「了解」




