238.南の孤島
白い砂浜にワイバーンが降り立った。
「降りろ!」
と騎兵が声を上げ、ガブリエルとマグヌスは砂浜に足をつけた。
騎兵は言う。
「もし再び大陸に混乱を招こうと言うのなら、その時は容赦せん。この島で、せいぜい慎ましく余生をすごすのだな」
その言葉に、ガブリエルとマグヌスは肩をすくめるだけだった。
二十二体のワイバーンは、この場所に長居しなかった。
一斉に空へと飛び上がり、そのまま来た方向へと帰っていった。
ガブリエルとマグヌスは砂浜に残された。
ここは大陸の南の海に浮かぶ孤島。
誰も居ない無人の島。
ゆえに生き続けるためには、様々なことをしなければならない。
「すまぬな……ガブリエル」
「何故謝るのです?」
「当然だろう。このような僻地では、不自由は免れない。都の生活に慣れたお前には、さぞかし辛いだろう」
「牢獄生活より百倍マシですよ。それに、不満はありません」
「なにゆえ?」
「だって、ここには陛下がおりますから」
「しかし……私は―――」
ガブリエルの指先が、マグヌスの唇を塞いだ。
「陛下、やるべきことは沢山ありますよ。さあ、最初の指示をください」
「……そうだな」
マグヌスはそう言って周囲に目を向ける。
この島には森がある。
森に入れば何か食料が見つかるだろう。
それに周囲は海だ。魚を獲ってもいいかもしれない。
「食料の確保。いや、まずは水の確保か……」
「ええ、そうですね。ところで陛下」
「なんだ?」
「あれは何でしょう?」
ガブリエルはそう言って指先を海へと向けた。
ガブリエルの指先、その方向で水しぶきが上がっていた。
マグヌスは目を凝らした。
「あれは……人か?」
海を泳ぐ人。
何者かが海を泳ぎ、この島へと近付いてきている。
その遊泳速度はとてつもなく速い。
数十秒後には砂浜に到達しそうな勢いだ。
そして。
「ぷっは―――ッ!」
砂浜に到達し、大きく呼吸する謎の人物。
マグヌスはその者の姿を確認した。
女だった。若い女だ。
若干の幼さが残るその顔を見るに、少女と言ってもいいかもしれない。
特徴は薄い橙色の髪。それと頭頂部の辺りからツノが一本生えている。
そのツノは、魔族であるという証拠。
マグヌスとガブリエルの姿を見て、魔族の少女は声を上げた。
「あ! 人だ! あのー! もしかして、ここって大陸なのかな!?」
魔族の少女は、右手を振りながらマグヌスとガブリエルに近付いた。
ガブリエルは驚きつつも答えた。
「ここが大陸って、そんなわけないでしょう」
「ええ? 大陸じゃないの!? はあ~、まだまだ大陸は先か~」
「もしかしてだけど、泳いで大陸に行くつもり?」
「そのつもりだよ!」
「正気なの?」
「もちろん! ところで、二人はどなた? わたしはエマ。エマ・レーンよ」
「私はマグヌス・アストライア。この者はガブリエル・フリーニだ」
「マグヌスさんとガブリエルさんね。それで、ここで何をしてるの?」
「話せば長くなる」
「わけあり?」
「まあな」
「そっかそっか」
「なにゆえ大陸を目指すのだ?」
「会いたい人が居るんだ」
「あら、意外な理由。もしかして、貴方の恋人?」
「うーん。違うけど違わない……違わないといいな」
「あらら、貴方もわけありのようね」
「まあね」
「エマ・レーン、先を急ぐか?」
「そこまで急いでないかな」
「そうか。では訊こう。森に入って水や食料を確保する方法を知っているか?」
「わたしは森と共に生きて来たからね。知ってるよ」
「ならば私たちに教えてくれ。生憎と無一文ゆえ礼はできないが、大陸の話ならば聞かせよう」
「大陸の話!? 二人は大陸出身なの!?」
「そうだ」
「その話のった!」
「では、よろしく頼む」
「よろしくね、エマ」
皇帝と大将軍と魔族の少女。
かくして三人はここに集い、運命が動き出す。
この後も一波乱あるのだが、それはまた別の話。




