231.魂の移植
アルゴの自室。
「驚いた、これが……神の成れの果てか」
メガラはそう言って、指先でツンツンとフクロウを突いた。
机の上に乗るフクロウは、くすぐったそうに目を細めた。
「ホホッ。おやめください、レディ・メガラ。それに、成れの果てとは失礼な。吾輩、これでもれっきとした神ですぞ。最低限の敬意は払って頂きたいものですな」
メガラはそれを無視してツンツンと突く。
「く、くすぐったいですぞ!」
今この部屋にはアルゴとメガラ、それからフクロウ―――もといロノヴェのみ。
卵から孵った存在が神ロノヴェだと知り、アルゴはメガラにこのことを知らせた。
メガラはまだ半信半疑といった様子。
メガラはその正体を見定めるように、フクロウのことを注意深く観察している。
「神ロノヴェ……か。それでロノヴェ、お前はこの世界を何とする? 望むものは何だ? 混乱か、破滅か、それともルキフェルと同じく支配を望むか?」
「いえいえいえいえ。まさかまさか。吾輩は平和かつ博愛の主義者。そのような考えは吾輩にはありませんぞ」
「では、何を望む?」
「そう構えなくてもいいではありませんか。吾輩は何も望みません。ただあるがままにある。それだけですぞ。敢えてあるとすれば、当面は貴方様らのお傍に置いて頂けると幸いですぞ」
「余らの傍に? 何故だ?」
「雛鳥は初めて見た存在を親と思うもの。吾輩はこの通り、生まれたばかりの雛。であれば、親の傍に居たいと思うのは、それほど不思議ではないと思いますが?」
それを聞いてアルゴが口を開いた。
「雛には見えないけど」
「吾輩も見えませんな。吾輩の目の前に居る子供らが、この国で大きな力を持った存在だとはね」
「……いい返しをするね」
「それほどでも」
「どうする? メガラ?」
「まあ、しかたなかろう。どの道こいつを野に放つわけにはいかん。傍に置いて監視する必要があろう」
「まあ、そうか」
「ありがたきありがたき。吾輩、餌も世話も不要ですゆえ、お手を煩わせることは殆どないかと思いますぞ」
この時、メガラはあることを思いついた。
それを神に訊いてみることにした。
「ロノヴェ、お前が知恵の神だというのなら、余にそれを授けろ。余のこの体は、他者から借り受けているものだ。借りたものは返さなければならない。この体を元の持ち主に返す方法を……知っているか?」
ロノヴェはガラス玉のような目でメガラを見据え、やがて問いに答えた。
「知っておりますよ」
「それを……教えてくれ」
「いま貴方様は、貴方様の魂がレディ・レイネシアの魂に上書きされてしまっている状態。貴方様の魂を引き剥がせば、レディ・レイネシアの魂は再び浮上し、心と体が揃った状態となるでしょう。そして、その魂を引き剥がす方法ですが、吾輩ならばそれが可能です」
「魂の引き剥がし……神の御業でそれが可能だと?」
「左様。吾輩は生まれたばかりの雛鳥ですが、貴方様一人ぐらいならば可能だと思いますぞ」
それを聞いてアルゴは声を上げた。
「ま、待ってくれ!」
「どうされました?」
「その魂の引き剥がしをすれば……メガラはどうなる?」
「剝がされた魂は行き場を失くし、いずれ天に還るでしょう」
「それはつまり……」
「レディ・メガラはこの世から消える、ということでありますな」
「そんな……そんなのは……嫌だ」
「アルゴ……」
メガラはアルゴの背中に手を添えて優しい口調で言う。
「きっと、こうなる運命だったのだ。余はこの体で大願を果たした。アルテメデス帝国を討ち取るという大願をな。それが果たされた今、いつまでもこの体を借りているわけにはいかん。余は感謝しているのだ。体を貸してくれたレイネシアに……余をここまで支えてくれたお前に……」
「でも……俺は……」
「アルゴ、後のことはお前に託したい。余に代わり、この世界を善い方向へ導くのだ。大丈夫だ。お前にはもう多くの仲間がいる。この館の者たちや黎明の剣の者たち……大連合軍の者たちも。その者たちがお前を助けてくれるはずだ」
アルゴとメガラは見つめ合った。
相手を思う気持ち。二人の間にあるのは強い絆だった。
「ホーホー。美しい……美しいですぞ。吾輩、大きく心を揺さぶられました。感激です。感涙です。そんな吾輩から、一つ提案があるのですが聞きますかな?」
それにアルゴが答える。
「聞かせて欲しい」
「先ほど魂の引き剥がしと言いましたが、吾輩、魂を植え付けることもできますぞ。引き剥がしと植え付け、つまり魂の移植ですな」
「それは……余の魂を他者に移植すればいいと、そう言っているのか?」
「他者というよりは、他の容れ物にですな。他者の体に魂を移植した場合、魂の上書きが発生します。それでは結局、いまのレディ・メガラと同じこと。ですからそうではなく、吾輩は人形に魂を移植することを提案いたします」
「人形に? どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。人の形を取った容れ物に魂を移植する。そうすれば、誰の犠牲も必要としません」
「そんなことが……可能なのか?」
「吾輩なら可能です。ただし、特別な人形でなくてはなりません。人形でありながら、人の機能を持った特別な人形でなくてはなね。そうでなければ、容れ物と魂の整合がとれず、まあ……悲惨なことになるでしょうな」
「その人形はどうすれば手に入る?」
「それは吾輩で造りましょう。それも神である吾輩にしかできないことですから」
それを聞いてアルゴは顔を綻ばせた。
「良かった……本当に……良かった。メガラ、ロノヴェに任せよう」
「ああ、余も消えたいわけではない。人形の体というのは少し抵抗はある。が、そのような方法があるのなら頼みたい」
「承知いたしました」
「ありがとうロノヴェ」
「いえいえ、貴方様には大きな恩がありますからな、これぐらいのことは。あー、ただし、一つ問題が」
「問題?」
「人形のことですが、特別な材料が必要でしてな。その材料を集める必要があるのです」
「それはどこに?」
「ルタレントゥムから北上した先、海に面した小さな国、エンブロティア公国。その国のダンジョンにそれはあります」
「ダンジョン……」
そう呟きながらアルゴは拳を握りしめた。
この時点でもうやることは決めている。
ダンジョン攻略を決行する。
ダンジョンとは何かと縁がある。
だが、これが最後のダンジョン攻略になるだろう。
何故だか、そんな気がした。




