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少年は魔族の少女と旅をする  作者: ヨシ
第七章

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229.祝宴

「坊ちゃま、御帰還おめでとうございます!」


 明るい声がエウクレイア家の食堂に響いた。

 その直後、拍手の音が何重にも響き渡る。


 アルゴは椅子から立ち上がり、少し照れながら言う。


「皆さん、ありがとうございます」


 そう言って、周囲を見回した。


 食堂には館の者たちが揃っていた。

 侍女長と侍女たち。

 料理長を筆頭とした料理人たち。

 庭師やその他使用人たちなど。


 その中には当然、家長であるメガラ・エウクレイアも居る。


「アルゴよ、よくぞ無事に戻ってきてくれた。余は心から嬉しく思う。しかもお前は、戦争を終結させた立役者となって帰ってきた。余は本当にお前のことを誇らしく思う。お前が余の騎士で……よかった」


 そう発言するメガラの瞳から涙がこぼれていた。


 侍女長のベアトリクスは、すかさずハンカチを取り出してメガラに差し出す。


「盟主様、お使いください」


「すまんな」


 ハンカチで涙を拭い、メガラは言う。


「いや、すまない。しめっぽい空気にしたかったわけではないのだ。さあお前たち、もう一度我らが英雄に拍手を送ろうではないか!」


 メガラがそう言うと、館の者たちの拍手音が鳴り響いた。


「ど、どうもどうも……ありがとうございます」


 どう反応してよいか分からず、アルゴは少し戸惑いながら感謝を伝えた。


 それからアルゴは机の上に視線を移した。


 長方形の机の上には、豪華な料理が並んでいる。

 この館ではいつも質素な料理が供されていたが、今日は違う。

 今日は戦争から無事に戻ったアルゴを祝う日。

 供された料理は、料理人たちが腕によりをかけて作った豪華なものだ。


 席につくのはエウクレイアの家名を持つメガラとアルゴのみ。

 身分の違う者同士が食事を共にすることはない。

 これは上流階級の者たちの常識。


「メガラ、仕来りとか流儀とかが大事なのは分かるけど、今日ぐらい……いいよね?」


「今日の主役はお前だ。お前のしたいようにすればいい」


「ありがとう」


 と言って、アルゴは周囲の者たちに声をかける。


「皆さん、こんなに豪華で沢山の料理、俺とメガラだけじゃ食べきれません。なので、皆さんも食べてください!」


 それを聞いて一同は戸惑う。

 館の者たちは、それぞれ視線を合わせた。

 アルゴの言葉を真に受けていいのだろうか。


 となることはなかった。


「坊ちゃま! そう言ってくれると思ってたっす! 流石、ワタシの坊ちゃまっす!」


「その言葉を待ってました! 坊ちゃま、感謝します!」


「坊ちゃま……好き」


 館の者たちは、思い思いに声を上げた。


「人数分の皿を持ってくる! 誰か手伝ってくれ!」


「はい! 手伝いますわ!」


 食堂は一段と騒がしくなった。


 その様子にメガラは肩をすくめた。


「まったく……逞しい奴らだ」


「ハハハ……」


 アルゴは乾いた笑い声を上げつつも嬉しく思った。

 こういう空気は嫌いじゃない。

 エウクレイア家の家名を持つ者として格式は重んじなければならないが、たまにはこういうのもいい。


「これ美味しいですわ!」


「うめえな、こりゃあ! これを作った天才はどこだ!?」


「料理長、そういうのちょっと痛いっす」


「なッ!?」


 館の者たちの笑い声が響く。

 そこかしこで談笑が始まった。


 いつのまにか酒が机の上に置かれている。

 その酒を呷る料理長や使用人たち。

 酔いが回り、話声も大きくなる。


 いつのまにかこの食堂は、酒宴会場と化していた。


「お前たち……流石にはしゃぎすぎであろう。まあ、今日は大目に見るが……」


「流石でございます盟主様! 頭が良くて、可愛くて、懐が広くって! もう、一生ついて行きます!」


「あ、ああ……よろしく頼む」


 使用人の勢いに押されるメガラ。

 その様子を見ていたアルゴは少し笑う。


「ハハッ」


 と笑い声を漏らしたところで、横から声を掛けられた。


「坊ちゃま。改めてになりますが、御帰還おめでとうございます」


 そう声を掛けてきたのは、カーミラ・リンドロード。

 メガラがそのまま成長したような姿。

 美しい魔族の女だ。


「ありがとうございます、カーミラさん」


「隣、よろしいでしょうか?」


「はい、勿論」


 その返事を聞いて、カーミラはアルゴの隣の席に座った。


「坊ちゃまが戦争に征かれる前に、二つの約束を致しました。一つは戦争を少しでも早く終わらせること。そしてもう一つは、必ず帰ってくること。坊ちゃまは、その二つを守ってくださった。そのことを……私は深く感謝します」


「はい、約束……ですから。あの時は、俺を戦争に送り出してくれてありがとうございました」


 それを聞いてカーミラは柔らかく笑った。


「ふふふっ。坊ちゃま、また一段と逞しくなりましたね」


「そうでしょうか? 俺としてはもう少し筋肉とか身長とか欲しいなー、とか思ってるんですが……」


「いいではありませんか、そのままで。可愛らしくもあり、凛々しくもあり、とても魅力的だと思いますよ。それに、私が申し上げているのはそういうことではなく、内面のお話です」


「内面……ですか?」


「ええ。精神、心、そういったものの成長が感じられます。内面からそれが滲み出ておりまよ。戦争に征く前とは段違いでございます」


 そう言ってカーミラは、右手をアルゴの頬に伸ばした。

 そのまま、優しくアルゴの頬に触れる。


「本当にすごいですね……子供の成長力は」


 目を細め、愛おしむようにカーミラは言った。


「あ、あの……カーミラさん」


 カーミラはハッとして、アルゴの頬から手を放した。


「も、申し訳ありません。私ったら、上の者に向かって失礼を……」


「いえ、失礼なんかじゃありません。ただ少し驚いてしまって……」


「驚かせてしまい申し訳ありません」


「違うんです。そうではなく、どこか懐かしい気持ちになって……それで驚きました」


「懐かしい……ですか?」


「はい。今さっきのカーミラさんの優しい目が……母に……少し似ていたような気がして。だから、懐かしくなったんです」


「坊ちゃま……。不思議なものです。あれほど坊ちゃまのことを恐れていた自分が信じられません。今はむしろ、それとは真逆の……」


 カーミラは胸に手を当てて、噛みしめるようにそう囁いた。


「それもまた、アルゴの恐ろしいところでもある」


 こちらに近付きながら、メガラがそう言った。


「盟主様……」


「カーミラも気付いたようだな、アルゴの魅力に」


「ええ……それはもう。盟主様が坊ちゃまを可愛がられるのも分かります」


「フフッ」


「ウフフッ」


 笑い合うメガラとカーミラ。

 二人の間にわだかまりがないと言えば嘘になる。

 だがこの時に限って言えば、二人の気持ちは通じ合っていた。

 少なくともアルゴにはそう見えた。


「俺の魅力って何さ。なんか素直に喜べない雰囲気だな」


「フフッ。お前のそういうところが魅力だと言っているのだ」


 と言ってアルゴの頭をくしゃくしゃと撫でるメガラ。


「ちょ、ちょっと」


 アルゴはそう声を上げるが、抵抗することはしなかった。


 そして、十分撫でまわして満足したメガラは、カーミラに向き直る。


「さてカーミラ、真面目な話だ」


「真面目な話……でございますか?」


「ああ。余はお前に言ったな。この体をレイネシアに返す方法を探すと。まだその方法は見つけられていない。だが、余はそれを諦めない。戦争が終結した今、本格的に探し出さなければと思っている。だから、もう少し待っていてくれ」


「盟主様……それを聞かせて頂き、深く感謝を申しげます。承知いたしました。私はお待ちしております」


 今のメガラの体は、レイネシアに借りているものだ。

 借りたものは返さなければならない。


 それはアルゴも理解している。


 だが。


 体を返した時、メガラはどうなってしまうのだろう……。


 その答えを出してしまわないように、頭から全ての雑念を消した。

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