227.新たな歴史を
ルキフェルの体が塵と化していく。
失われていく体。
ルキフェルの残った体は、すでに胸から上だけだった。
自身が消えていくことを自覚し、ルキフェルは言う。
「何故だ……何故こんなことになっている。私は……どこで間違えた……」
「ルキフェル」
ルキフェルは地面に倒れ込み、体を動かせない状態。
名を呼ばれるが、その方向へ視線を向けることしかできない。
「盟主の騎士……アルゴ・エウクレイア。貴様だ……貴様さえいなければ……私は……」
「そうだ。俺がお前を殺した。俺のことを思う存分怨め」
「貴様は……神殺しの大罪人だ。やがて因果が巡り、貴様はそれ相応の報いを受けることになろう。ハハッ……惜しいな。地獄の業火で焼かれ、苦痛に歪むその顔を見ることができないとはな。大罪人アルゴ・エウクレイア……せいぜい覚悟しておくことだ」
「そうかもな。一応、訊いておこうか。他に……言い残すことはあるか?」
「貴様はいずれ後悔する。神の秩序が築かれた世界。それは、貴様ら人にとってはまさに楽園の世界だ。飢える者も、病む者も、隷属も支配もない、素晴らしい世界。貴様は、それをその手で破壊したのだ。人類の幸福を……その手で壊したのだ。そのことを……自戒しろ……」
「だけど、その素晴らしい世界でも争いは起こったじゃないか」
「ゆえに……それを繰り返さぬための計画だったのだ。女神アンジェラを倒し、私が神の頂点となる。そうなれば、私が人類を幸福へと導いてやれるはずだったのだ。それを貴様は……」
「そうなのかもな。お前の言う事が正しくて、お前の計画とやらが人々が幸せになる方法だったのかもしれない」
「そうだ、それこそが―――」
「だけど、すまない。俺が信じるのは一人だけなんだ。メガラは言った。これからは神の時代じゃなく、人の時代だと。確かに神々は、俺たち人類にとって尊ぶべき存在だ。俺たちは神々に命を与えられ、導かれた。俺たちは神に感謝するべきなんだ。だから、改めて礼を言うよ。―――今までありがとう」
「くッ……貴様は、どの口で……」
「別に信じてくれなくてもいい。けど、感謝しているってことは伝えておく。だから、ありがとう。そして、これからは見守っていてくれ。俺たち人類の、新たな歴史を」
「それは……断る。私は……そういう存在には……ならない。私は……私こそが……神だ。私こそが……人類を……導く―――」
ルキフェルは最後まで言い切ることができなかった。
言い切る前に口が消え失せ、頭部が消え、そして完全に消失した。
アルゴは空を見上げ、そっと呟いた。
「仇は取ったよ……ベリアル」
仇を取った。
ルキフェルは消失した。
天界の門も消えた。
「終わったわね」
背後からガブリエルに声を掛けられた。
「はい。ここまでありがとうございました」
「約束、忘れてないわよね?」
「勿論。俺は俺の全てを使って、マグヌス皇帝の命を救います」
「頼むわよ、本当に」
「はい」
その返事にガブリエルは頷いた。
それから少しして、ガブリエルは視線を地面に向けた。
「あれは何かしら?」
ガブリエルの視線を辿った先に、妙な物があった。
いや、それが何であるかは見れば分かる。
それがこの場に在ること自体が妙だった。
それは黒い卵だった。
大きさは掌に乗る程度。
「なんだ、これ?」
その卵は、ちょうどルキフェルが倒れた位置に置かれていた。
「ルキフェルの遺物……?」
「それ、壊した方がいいんじゃない?」
「うーん、でも……」
何故か壊す気にはなれなかった。
壊してはいけないような気がする。
「持ち帰って、もう少し様子を見てみます」
「本当に大丈夫? その卵から悪神が生まれるかもしれないわよ?」
「いや、多分大丈夫です。これは悪いものではない……ような気がします」
「どうしてそう言えるのよ?」
「勘です」
「はあ?」
「俺の勘はよく当たるんで、きっと大丈夫ですよ」
「呆れた。分かったわよ、好きにしなさい。まあ、悪神が生まれたとしても貴方なら何とかしてくれるでしょう」
「ご理解、ありがとうございます」
「じゃあ、帰るわよ」
「はい、そうしましょう」
そうしてアルゴとガブリエルは、帰還のため足を進めた。




