224.天界の門
雲よりも高い位置。
空気が薄く、眩い日光が降り注ぐその場所に、大岩が浮いていた。
大岩はいびつな円柱のような形をしており、半径は約二十メートル。
その巨大な岩が空に浮いている。
そのことにまず、アルゴは驚いた。
「驚いたな。こんな場所があったなんて知らなかった……」
大岩の縁から眼下を見下ろし、アルゴはそう言った。
「これは神々がこの世界に居た頃の名残ね。神々は人が天空に住めるよう、奇跡の力で地上の物を空へ打ち上げた。時が経てその多くは地上に落ちてしまったけど、こうして現代まで残っている物もある。これはまさに、神の御業よ」
そんな風にアルゴの後ろから声を掛けたのはガブリエルだ。
「ということは、神代ではもっと大きな岩がたくさん浮かんでいたと?」
「ええ、そうよ。岩というか、島が浮かんでいたりもしたわね。天空都市、なんてのもあったぐらいだしね」
「それはすごい……。というか、随分詳しいですね、ガブリエルさん」
「あたりまえよ。私はその時代の人間なんだから」
「え?」
「え? もう知っていると思ったのだけど、知らなかったの? 私はこの時代の人間じゃない。私は神代に生きた術者よ」
「どういうことですか? いや、確か、マグヌス皇帝は神代の術者の生まれ変わりなんでしたっけ? ガブリエルさんも同じだと?」
「いいえ。私は陛下とは違う。私はこの体、この名前で神代を生きていたわ」
「どういうことです?」
「私は陛下に召喚された術者よ。神代からこの時代へと召喚された、大天才ガブリエル・フリーニ様。それが私」
「神代からこの時代へと……? そんなことが可能なのですか?」
「陛下は私を上回る大大天才。陛下なら可能よ。それとも、私が嘘をついていると思う?」
「い、いえ……嘘をついてるようには見えません。驚きました……」
「陛下の才能に慄きなさい。さて、無駄話はこれぐらいにして……いいかしら?」
「無駄話だとは思えませんが……はい、お願いします」
ガブリエルは軽く咳払いをして話し始めた。
「陛下はその類まれなる才能で、神の御業を再現された。『天界の門』。そう呼ばれる、天界へと通じる門をこの世界に召喚なされた」
「天界へと通じる門……」
「その門を通じて神々をこの世界に呼び戻す。それが陛下の最終目標よ」
「待ってください。その天界の門がすでに召喚されているのなら、もうマグヌス陛下は目標を達成していると言ってもいいのでは?」
「いいえ。まだ召喚されただけ。表現が難しいのだけど……情報量、とでも言えばいいのかしら? 天界の門は情報量が多すぎてまだ完全顕現されていない。完全に顕現されるまでまだ時間がかかる」
「そういうことですか。完全顕現されるまで、マグヌス陛下には何らかの負荷が掛かっているんですね? だから、マグヌス陛下はもう新たな従者を召喚できない。違いますか?」
「それに関しては何も答えないでおきましょう。それは話の趣旨とは関係がないのだから。私が言いたいことはつまり、天界の門が在る限り陛下は諦めない、ということ。この世界を統一し、その統一された世界で神々による絶対秩序を築く。それが……陛下の夢よ」
「正直、マグヌス陛下には色々と言いたいことがあります。ですが、いまそれを言っても意味がない。だから言いません。ガブリエルさん、ありがとうございます。分かってきました。天界の門がなくなれば、マグヌス陛下は諦める……諦めざるを得ない、ということですね?」
「そういうこと。天界の門は大天才の陛下が全てを懸けて召喚したもの。あれと同じものをもう一度召喚することは、いくら陛下でも不可能。だから、天界の門がなくなれば陛下の夢は絶たれる。天界の門がなくなる……つまり破壊されればね」
「つまり俺は、天界の門を破壊すればいいんですね?」
「そういうこと」
「そして、天界の門がある場所が……あの魔法陣の先、というわけですか」
アルゴはその方向へ目を向けた。
この大岩の中心位置に青く輝く魔法陣がある。
「そう。あの魔法陣は転移陣。転移先に天界の門がある」
「分かりました、では―――」
「その前に待って欲しい。言うべきことがあるわ」
「なんでしょう?」
「これは、私にとっては陛下に対する重大な反逆行為よ。それでも貴方に加担するのは、ひとえに陛下のお命をお守りするため。分かっているわね? もし私を騙すようなことがあれば、私は 貴方を絶対に許さない。たとえ死んでも、貴方を殺しにいくわ」
「はい、それは分かっています。大丈夫です。俺のことを信じてください」
ガブリエルは数秒間アルゴを見据え、やがて息を漏らすように言った。
「……いいわ。信じましょう、盟主の騎士のことを」
そう言って、ガブリエルは陣の方へ目を向ける。
「さあ、いくわよ」
「え? ガブリエルさんも行くんですか?」
「当たり前じゃない。貴方が死んだら誰がメガラ・エウクレイアに陛下の助命を乞うのよ。貴方に死なれたら私が困る。本来、貴方は敵だけど、貴方が約束を守り続ける限り、私は貴方を助けましょう」
「……感謝します」
アルゴはそう返事して、傍に居るワイバーンのローザの顎を撫でた。
「ローザ、ここまでありがとう。すぐ戻ってくるから、少し待っててくれるかい?」
「グルル」
ローザは優しく鳴いて、頬をアルゴの顔に押し当てた。
「ありがとう、ローザ」
ローザの頬を撫でたあと、アルゴはガブリエルに視線を戻した。
「それでは」
「ええ」
「俺とあなたで、終わらせましょう」




