223.上空での取引
ワイバーンのローザが空中を飛んでいる。
アルゴはローザの背に乗っていた。
地上の人や物が豆粒のように見える。
「これは取引です」
アルゴはローザに同乗するガブリエルに向かってそう言った。
アルゴは続ける。
「いずれアルテメデス帝国は負けます。大連合軍は皇帝マグヌス・アストライアを捕らえるでしょう。そうなれば皇帝の命はそこまでです。あらゆる罪を突きつけられ、死罪となるでしょう」
「それはどうかしらね? 確かに私たちは押されているけど、まだ勝負は決していない。帝国の国力は他の追随を許さない。ここから巻き返せるだけの力はまだある。それに、陛下が何とかしてくださる。もう知っての通り、陛下は召喚術の天才。これからも強力な従者が召喚され続けるでしょう。だから、あまり私たちをあまく見ない方がいいわよ」
「あまく見てはいません。それに、今ので確信に変わりました」
「なんのこと?」
「皇帝はもう従者を召喚できない。そうですね?」
「私の話を聞いてたかしら? 私はそれと逆のことを言ったのだけど?」
「それは嘘です。あなたのわずかな表情の動き、微妙な声の強弱、目の動き、それらから嘘を言っていると分かります」
「なッ! そ、そんなのデタラメだわ!」
「……まあ、いいです。俺の言葉が間違っていたとしても、あなたは真実を知っている。だから、あなたには判断ができるはずです。話を戻します。このままでは皇帝は処刑されます。でも俺なら、それを止めることができます」
「どうしてそう言いきれるの?」
「俺がメガラに……盟主様に嘆願します。皇帝の命だけは助けてくれと。俺が全力でお願いします」
「盟主メガラ・エウクレイアがそれを聞き入れて、陛下を助命すると? それは……それを……信じていいのかしら……」
「大丈夫です。盟主様は俺の言葉なら聞き入れてくれるはずです。もし駄目だったとしても俺は諦めません。何度も何度も盟主様にお願いをします。それを約束します」
「それで、その代わりあなたは何を望むの?」
「望みは一つだけです。戦争の早期終結。一刻も早く、この戦争を終わらせたい。だから、あなたにお願いします。この戦争をただちに終わらせる方法を、俺に教えてください」
「あなた……自分が何を言っているのか分かっているの? 戦争の早期終結を願うなら、それこそ盟主に進言すればいいじゃない。アルテメデス帝国に降伏しましょう、と盟主に言いなさいよ」
「それで戦争が終わるなら、それもありです。でもそれは無理だ。もうこの戦いは誰か一人の意思では止まらない。もうそういう段階まで来てしまった。盟主がそれを言ったところで、とても止まるものじゃない。けど、あなたたちは違う。帝国において皇帝の権力は絶大。皇帝が止まれと言えば、あなたたちは止まる。そのはずなんだ」
「……」
「だから教えてください。皇帝に止まれと言わせる方法を。皇帝に諦めさせる方法を。側近のあなたなら、何か知っているんじゃないですか?」
「……」
「ガブリエルさん、お願いだ、俺に知恵を貸してくれ。俺に知恵を授けてくれるなら、俺はあなたに助力します。皇帝のことを……死なせたくないでしょう?」
「どうして……どうしてあなたは……私に憎ませてくれないの……。私はあなたを本気で殺すつもりだった。でも、そんなことを聞いてしまったら私は……。キリル……ごめんなさい。あなたを殺した敵が目の前に居るのに……私は……」
ガブリエルの瞳から涙がこぼれ始めた。
その様子にアルゴは戸惑うが、首を振って意識を切り替えた。
「大将軍キリルのことは……謝りません。俺もあなたたちに大切な人たちを殺されました。俺だってあなたたちが憎いという気持ちはある。けど、それはもう終わらせましょう。憎しみの連鎖をここで断ち切りましょう。俺と……あなたで、もう終わらせましょう」
そう言ってアルゴは右手を差し出した。
「お願いです、ガブリエルさん」
ガブリエルは差し出された右手を見ていた。
憎き敵の手を取るなんてありえない。
だけど、陛下の顔が頭に浮かんだ。
またあの顔をこの目で直接見れるなら……。
ついに、ガブリエルは右手を差し出した。




